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この特集では田中工業「黒須田守」をはじめとした5名のライターから競艇にまつわるさまざまなレポートをお届けします。
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淡々と、しかし熱く……――優勝戦のピット

DSC01681  津のピットは珍しいことに、場内放送の音声がスピーカーを通して流されている。「締め切り5分前です」そのアナウンスの後に流れる音楽も、大型映像装置で放映されているVTRなどの音声も、もちろんレース実況もファンファーレも、すべて場内と同じように流れているのだ。これまで訪れたピットにはなかった津のピットの特徴、だからここのピットが静寂に包まれるということは、レース進行中はほとんどない。
 それでも、優勝戦が近づいてくるとさすがに寂寞感がある。理由は簡単で、人っ気が少なくなるからだ。すでに管理解除となって競艇場を後にした選手も少なくない。最後のレースを終えた選手たちは、もはや仕事もない。あれだけ賑わっていたペラ場にも、田中信一郎の姿がポツンとあるだけだった。優勝戦出場者たちでさえ、あとはレースを待つだけという時間帯、信一郎は一人黙々とペラを調整するのだった。

DSC01706  優勝戦の展示が終わった。山本浩次が、いつものように淡々と戻ってくる。オッズ板を見て、グッと唇を引き締めたときだけが気合を感じさせた瞬間。あとはミスター不動心らしく、悠々と歩を進めている。太田和美は、それまでとは一変しているように見えた。頬をグイッと引き締め、視線を少しも動かすことなく歩く太田。正直、少し堅くなっているようにも見えた。SG優勝戦の1号艇、プレッシャーを感じないほうが不思議である。それでもここまでの太田は余裕たっぷりの風情で、少しも悪い意味の緊張を感じなかったのだ。さすがに数十分後に本番を控え、平常ならざる状態に入ったか。あとの4人は、今日の前半と変わらぬ様子。それでも、大一番前の静かな闘志は、どの選手からも感じられた。
SANY0498  おそらく藤川芳宏さんがスイッチを押して、集合合図がかかった。まず出走準備に向かったのは山本。相変わらず淡々としている。江口と瓜生が、会話を交わしながら準備へ。江口の泰然自若ぶりも変わらない。そこに山崎智也がダッシュで現われる。「江口さーんっ! アリーナで応援してますから!」。アリーナとは、選手控室の前にある、水面に面したベンチのこと。スタート展示で6コースに入った江口からは、ごく間近に見える位置である。江口がニッコーと笑った。その後を太田がグッグッと音がするような足取りで追う。やはり、どう考えても前半に見た太田とは違っていた。烏野賢太は、汗なのか、直前に顔を洗ったのか、タオルで顔を拭いながら、余裕の表情。最後に準備に向かった田中信一郎は、ストレッチで体を伸ばしながらテンションを高めていた。
 全員が揃った! 藤川さんのスイッチがまた押されて、ヘルメットとカポックをまとった選手たちが整列する。テレビカメラが一斉に彼らに向けられる。優勝戦だ!

SANY0504  最後まで残った選手たちが、山崎智也の言う“アリーナ”に集結した。すでに自分の戦いを終えているからだろう、すっかりリラックスして雑談に興じている。笑い声も響き、声のトーンも高い。
 その声が一斉に止んだのは、モーター始動合図のブザーが鳴ったときだった。緊張感が支配した瞬間。出場選手でなくとも、神聖な気持ちにならざるをえない、それがSG優勝戦のピットアウトなのだ。

DSC01710  レースは、太田和美がインから押し切って、堂々の優勝。マクリ差した烏野賢太が2着に入り、山崎智也が声援を飛ばした江口晃生は智也の思い空しくシンガリに敗れた。
 烏野を出迎えたのは四国地区の選手仲間と、もう一人、同期の倉谷和信だった。大きな笑顔と拍手を烏野に送りながら、「追加選手としては、十分やな?」とからかう。昨日、上瀧和則も川崎智幸をからかうように出迎えたのだが、僕はやはりこれが彼ら流の慰め方なのだと思った(思えば、この4人、同期だ)。烏野も「まあな」といった感じで笑みを返す。悔しくないわけがない。SG優出2着は好成績には違いないが、やはり勝利を逃した悔恨が残らないわけはないのだ。それをよく知る彼らだからこそ、どうすれば心の糸がほぐれるのかもよくわかっているのだろう。烏野と笑い合うと、田中信一郎の出迎えのため、倉谷は烏野に背を向けた。そのときである。倉谷の顔から一瞬にして、笑顔が消えたのだ。優勝戦までに、どんな会話を交わし、どんな思いを交換しあったのかは知らない。しかし、倉谷が同期の桜の敗退を本人と同じような気持ちで悔しがっているのは、間違いないと思った。勝負の世界で生きる戦友同士の心のつながりを、見たような気がした。
DSC01701   ウイニングランを終えた太田和美も含めて、すべての艇が引き上げられ、残った選手も手伝って、モーターの返納作業が行なわれている。その最中に、整備室内のモニターがリプレイを映し出し、田中信一郎、瓜生正義、江口晃生がそちらに注目する。瓜生が苦笑いを浮かべると、信一郎が何事か声をかける。その後ろでは、江口も悔しさが入り混じったような笑顔を見せていた。烏野はやや呆然とモニターを見つめ、山本浩次はやはり淡々としていた。
 返納が終わると、ようやく着替えに向かう選手たち。表彰式のため、急いで着替える太田和美に、田中信一郎が「おめでとう!」と声をかけた。相好を崩す太田。やっと、太田の笑顔を見たと思った。
 太田が、用意されたワゴン車に乗り込む。ワゴン車が走り出す。敗れた選手たちも着替えにかかる。ピットが終戦の色に包まれた。ダービーは終わったのだ。

SANY0521 「淡々」な熱さに流れが傾いている、と今日の前半までのピットを見て僕は書いた。たしかに、太田も烏野も、そんな雰囲気で今日を迎えた男たちだった。だが、優勝戦直前、もっとも変わったように見えたのは、太田だった。また、前半のピットでもっとも忙しく動いていたのが烏野だった。勝負を決したのは、もちろんそんなことだけが理由ではない。機力、技術、展開、ツキ……さまざまな要因がひとつの結果を導き出す。僕がピットで感じ取ろうとしているのは、そうしたアイテムのごく一部でしかない。だが、もしかしたら些細なことかもしれない何かが、勝負に挑む者の背中を後押しすることだってあるのではないか。「淡々」とした熱を放出していた6人の戦いの中にあった、些細な何か。平常心と化学反応を起こしてパワーアップさせる何か……。太田と烏野の姿を見ながら、そんなことを考えていたのだった。(黒須田守)


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