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この特集では田中工業「黒須田守」をはじめとした5名のライターから競艇にまつわるさまざまなレポートをお届けします。
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絆――準優勝戦、午後のピット

SANY0837  9R、地元・佐賀勢が沸き立っていた。小野勇作、森永淳が、笑顔で階段を駆け下り、中尾誠を出迎えた。中尾がボートを降りると、3人がガッチリと抱き合う。なんだか、優勝戦後の光景を見ているかのようだ。この歓喜の理由は、中尾に今節初勝利が出たことで、佐賀支部6人全員が勝ち星を手にすることができた、ということ。新人の頃から我が庭のように走り込んできた水面で行なわれたビッグレースで、参加した全員が結果を出した。佐賀勢にとっては、中尾の勝利は待ち望んだ1勝。ひとつの目標が達成されたことが、彼らの心を躍らせたのだった。心から、おめでとう。
 この中尾の勝利から、地元の勇者たちのドラマがスタートする。
SANY0874  10R。6号艇で出走した三井所尊春。佐賀勢のなかではもっとも登番が若い男が、なんとか準優勝戦に滑り込んだ。その役どころは、いわばチャレンジャー。結果を求められているというよりは、どれだけ存在感を示せるのかという点にテーマがあった。
 三井所は、その役割をきっちり果たした。敢然と前付けに出て、2コースを奪取。インまでをも狙った果敢なコース取りは、グッド・ジョブの一言だったと言えるだろう。深い進入になったものの、全速でスリットを駆け抜け、タイミングはコンマ07。6着という結果以上に、そのファイティング・スピリットが尊かった。
 もちろん、三井所は単なるトリックスターであろうとしたわけではない。純粋に勝利を目指していたのだ。ピットに戻ってくると、瞳に屈辱をにじませた三井所。そんな若者に、小野勇作がそっと寄り添い、肩をポンと叩いた。「よくやったな」。小野はそう言って、優しくねぎらった。三井所の顔が瞬時に弛緩する。小野も、さらに優しく微笑んだ。
 結果がすべて、という言い方がある。正論、かもしれない。だが、結果がいつでも崇高なわけではない。負けて得るきらめきがある。負けなければわからない境地がある。三井所は今日、大事な宝物を手にしたはずだ。精一杯戦ったからこそ、敗北からこぼれ落ちる宝石を知ったのだ。
SANY0846   11R。しかし、結果を出さなければならない局面だってある。地元のエース、森永淳。彼のノルマは、理屈抜きに「優出」だった。
 レース前の森永は、透き通って見えた。気合が体からほとばしって、きらきらと光っているように錯覚する。決して気負いすぎず、時には笑顔も見せたりしつつ、最高の精神状態を作り上げているようであった。文句なしに、カッコ良かった。
 ところが、レースでは、1周2マークを回って完全に2番手を取り切ったかに思えた森永が、2周1マークであえなく逆転された。ざわめいていたピットが、一瞬にして声を失う。願いむなしく、ターンマークを回るごとに、森永の逆転の目は消えていき、ピットには重い空気がたちこめた。
 レース後の森永は、明らかに苛立っていた。表情はそれほど険しくはないものの、言葉を発することもできない。三井所の敗退にはあれだけ優しかった佐賀勢も、森永にはかける言葉を見つけられないでいるようだった。押し黙ったまま、モーターをボートから外す彼らの顔には、ハッキリとわかる重苦しさが浮かんでいた。
SANY0918  カポックを脱いだ森永は、足早に整備室へと向かった。報道陣も、誰も声をかけられない迫力。無言のままモーターを格納し、再び早足で控室へと戻っていく。声をかけないでくれ。今は何も話したくない。そう言葉にしたわけではないけれども、誰の耳にも森永のそんな心の声が聞こえていた。最低限のノルマを果たせなかった自分が許せない。他者に意識など向けられる状態ではない。ただただ自分に苛立っている。間違いなく、森永はそんな苦しみを抱えていたと思う。
 10分以上も経ってからピットに姿を現わした森永は、やはり誰の言葉をも拒絶しているような風情で、長いことスリット写真を見つめていた。森永よ、あえて言わせてもらおう。そんな君が、最高にカッコ良かった。今日の敗北は、深く心に刻めばいい。それは、限られた者にだけ許された特権なのだ。自らに課していた責任は果たせなかったかもしれないが、男のプライドはこれ以上ないほどに表現していたと僕は思う。この修羅場を経て、森永はさらに強くなると確信する。
SANY0829   そして12R。大変な事態になってしまった。地元の砦たる重圧が、GⅠ初出場の岡部大輔にかかってしまったのだ。ただでさえプレッシャーの大きい、1号艇。レース前の様子からは、やはり堅さが否めなかった岡部は、さらなる緊張感を強いられて最後の聖戦に臨むこととなった。そういえば、10R前に、吉永則雄がボソッと「準優がいちばんイヤや」と言っていた。僕は午前のピットで、吉永のリラックスした表情に驚かされていたはずだった。その吉永でさえ、鼓動の高鳴りに逃げ出したくなるのが、準優勝戦。そんな局面に、岡部はその何倍もの荷物を背負って、突っ込んでいかなければならなかったのだ。
 岡部よ、君は素晴らしい。超抜パワーを最大限に引き出して、完勝といえるイン逃げ炸裂。極限の緊張感のなかで、大仕事をやり遂げた岡部には、素直に拍手を送らねばならないだろう。
SANY0946  森永の敗退を引きずってか、意外と歓声の少なかった佐賀勢。それでも、小野と森永が岡部を出迎えて、力強く岡部を抱きしめた。それを合図にして、彼らに笑顔が舞い降りた。岡部には、興奮という感情も沸き上がっていたようだった。興奮しなければおかしい。胸が破裂しそうなくらいの場面を乗り越えたのだ。
 ただ、それ以上の歓喜は起こらなかった。それよりも彼らの心を覆ったのは、地元から優出者を出したことへの安堵だったのかもしれない。ファイナルバトルに地元勢が皆無という、もっとも見たくなかったシーンは回避されたのだ。それが、特に小野と森永の、最大の関心事だったのかもしれなかった。
 岡部は、明日はさらに、大きな大きな重圧に苛まれることになるだろう。優勝戦、1号艇。あまりにもどでかいプレッシャーだ。しかし岡部よ、存分に震えればいい。なぜなら、明日は小野と、森永と、中尾と、松江と、三井所と、この5人が君を全力で支えるはずだからだ。彼らは今日の戦いを経て、さらに絆を深めた。そう、その絆が優勝戦に臨む最大の武器になる。5人の思いが、岡部の超抜モーターをさらに後押しして、絶大なるパワーを生み出すだろう。

SANY0913  地元の話がずいぶんと長くなった。絆といえば、同県同地区だけではない。10Rが終了した後に、帰宿バスの第一便が出発する。多くの選手はそれに乗り込むのだが、ちょうどその頃、12R出走選手たちが展示準備のため、待機所に現われた。12Rは、岡部を含めて87期が4人も出走していた。
 そこに、杉山正樹が現われた。彼も87期生の一人。まず出畑孝典のもとに近寄ると、ガッチリ握手。さらに福島勇樹らとも握手を交わし、「ごめんな。先帰るけど、頑張ってな」と声をかけた。そう、そこにあったのは、同期の絆である。そうか、明日の岡部は87期生の思いも武器にできるのか。とにかく、美しさに目がくらむほどだった。

SANY0852  10R後、吉永則雄がにこにこと笑いながら、ピットに現われた。いったんは先頭に立った10R、優出ピットに王手をかけながら、逃してしまった悔しい敗戦。それでも、吉永は笑っていた。
 長嶺豊さんが話しかける。「惜しかったな」。吉永の笑みが、さらに深くなる。
「1周2マーク回って、アタマ取れそうだったから、もし1着なら自分は何号艇になるんやろ、って考えちゃったんですよ(笑)。そしたら、ターンミスしてしまいましたわ(笑)」
 ダハハハハ。こりゃ、笑うしかないか。長嶺さんも笑っていた。
「来年は、余計なこと考えないで走ります(笑)」
 そうだ、吉永にはまだリベンジの機会がある!
「その前に、地区選もあるからな!」と長嶺さんが言うと、吉永の顔が一瞬引き締まった。「そうですね。頑張ります!」
 そうだ、吉永よ、地区選でまずリベンジするのだ!

SANY0890  優出選手たちの表情を。
 もっとも澄み切った表情をしていたのは、中野次郎である。足には完全に自信を持っているようで、もう迷いなどどこにもない、といった雰囲気。中野には、この新鋭王座に期するものがある。それは、優勝者に与えられる総理大臣杯の出走権が欲しい!ということだ。総理杯は、彼の地元・平和島で行なわれる。昨年のMB記念で中野を推薦し、彼に初のSG出場をプレゼントしたのが平和島。思い入れは誰よりも深く抱いている。その平和島で行なわれるSGに凱旋したい。中野はそう強く願っているのだ。1号艇・岡部と2号艇・中野の対決は、地元を愛する思いのぶつかり合いでもある。
SANY0875  井口佳典からは、優出は当然とでもいうような、パワフルな余裕が感じられる。浮き足立ったところもないし、気負っている様子もない。これは、準優前も同様だった。10Rでは、いったん優出が遠のいたシーンもあり、逆転での2着確保だったのだが、それに対する高揚もあまり感じられない。一言で言えば、それは大物の風格。5号艇という遠い枠番だからこそ、この落ち着きが不気味なのだ。
SANY0916  丸岡正典もまた、優出の興奮が感じられない一人。井口と同様に逆転での2着だったというのに、そのことへの盛り上がりがまるで見られないのだ。若いのにたいしたもんだ……すぐに慌てふためいてバタバタする僕は、そう思わずにはいられなかった。この85期4-5号艇ラインには、無視できない何かがたしかにある。
SANY0828 前野竜一も、それほど興奮してはいなかった。だが、優勝戦の舞台に立つことの誇らしさを感じる。体重は、おぉ、今日もまた減っている! 決して闘志を表に出すタイプではないけれども、数字が彼の決意をハッキリと物語っている。レース前には、中道善博さんと話し込み、さらなるパワーを注入された模様。6号艇だからといって、侮れないぞ。
SANY0864   そして、中村有裕。11Rで見せたコンマ02の快スタートは、ユーユーの「俺が新鋭王座を獲る!」の意思表示であろう。スリット写真が貼り出されると、選手たちが覗き込んでは「うぉぉぉぉっ!」「すげぇぇぇぇぇ!」と感嘆の声をあげる。誰もが戦慄を覚える、驚愕のスリットだったのだ。
 レース後の記者会見で、ユーユーは「明日は(優勝を)獲りに行きます」と力強く言った。優勝を目指すというよりは……と質問者が続けると、「はい。獲りに行きます」と繰り返した。さらに。質問者が「それでは明日は優勝を目指して頑張ってください」と締めると、ユーユーはふっと笑みを見せて、言葉を詰まらせた。そして、質問者に視線を向けて、目だけで頷くと、溜めに溜めて、言った。
SANY0902「……獲りに行きます(ニッコリ)」
 だから目指すんじゃないんだってば。僕は、優勝を獲るんです。そんな断言だったのである。温和な笑顔で席を立ったユーユーだが、心はすでに沸点を超えているのだ!

 これまで見てきたSGの準優勝戦とは、明らかに違う顔を見せていた今日のピット。優勝戦では、どんな化粧をし、どんな表情を見せてくれるのか。そして、水面ではどんなドラマチックが待っているのか。優勝戦が終わったあと、僕も、あなたも、きっと新鋭王座決定戦に惚れている。この戦いには、そんな魅力が詰まっている。(黒須田守)


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