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この特集では田中工業「黒須田守」をはじめとした5名のライターから競艇にまつわるさまざまなレポートをお届けします。
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新たな地平へ――菊地孝平⑤

 優勝戦、坪井康晴を出迎える輪の中で、菊地孝平は誰よりも嬉しそうに笑っていた。同県同期の大親友が、SGを制覇した。それを心からの笑顔で、祝福したのだ。
「正直、少し気持ちが落ちるところがありましたね。でも、ツボが頑張ってたから、そんなことはどうでもよくなった。今日、ツボが優勝して、その勢いに乗って僕も行きますよ!」
Cimg0443  優勝戦の1時間ほど前に、菊地はそんなことを言っていた。自分が優勝できないのなら、坪井に勝ってもらいたい! 菊地はただただそれだけを願って、今日という日を迎えていたのだ。優勝戦のスタート展示が始まるとき、菊地はじっとボート上の坪井を見つめていた。本番の前にも、坪井がピットアウトするまで、佐々木康幸と並んで見守り続けた。ツボ、頑張れ! そんな念を、送っていたのだろう。今日の菊地はひたすら、坪井の応援団に徹していたようだった。

 もちろん、レーサーとしての菊地も、今日は意地を見せつけている。8R1回乗り、道中で三嶌誠司を逆転して、1着を獲った。最後まで緩めなかった調整の末、今日は絶好の機力になっていたそうだ。だから、自分のレースをしなければ、と思った。それが、最終戦での1着という最高の結果につながった。ひとまず、いい形で地元SGを締めくくることはできた。
 先述したとおり、菊地に声をかけて話をしたのは、優勝戦の1時間ほど前。まず会釈をした僕に、菊地はニッコリと微笑んで、「お疲れっした!」と返した。それを追いかけて、会話を始めたのだが、今日のレースについては、満足げな様子を見せていた菊地である。
 しかし……。
Cimg0464 10分ほども話し込んだだろうか。菊地の表情は、言葉をひとつ吐き出すごとに、苦しいものになっていった。当然、こちらが振った話は「今節を通して」だ。「後悔はない」と言った。「一節間、充実していた」とも言った。「やることはやった」と胸を張りもした。だが……「悔しいなあ……うん、やっぱり悔しいなあ……」、そう呟いたのが彼の心の堤防を決壊させたようだった。それからは、時間を追うごとに、苦渋の表情が色濃くなっていった。
 途中、山崎智也がふらっと近寄って、冗談っぽく声をかけたときには、明るい表情を向けたが、智也が通り過ぎると、すぐにまた真剣な目つきになって、胸の内に意識を傾けていった。そして、自分と向き合いきった結果、「やっぱり後悔はありません。でも、すっごく悔しい……」、そう言って、頬をゆがめた。
 坪井が勝ったことへの喜びは、言うまでもなく、建前とか自分の心を静めるためとか、気を紛らすための方便ではない。本気で歓び、本気で坪井と幸福を分かち合った。それは間違いない。それでも、いざ自分に意識を向けたとき、そこにあるのは身が引きちぎられるような悔恨しかない。勝負師として当然の辛酸であり、地元SGに懸けたからこそ必然の苦吟が、菊地を襲っているのである。これこそ、菊地がトップレーサーである証だ。選ばれし者のみが味わえる苦しみにあえぐ菊地は、だからこそ超一流なのだと僕は思う。
 そう、やはり菊地は確実に大きくなった。一皮剥けた。
「今回を経て、次からは違った心持ちで臨めると思いますね」
 大きくなったということですね、というこちらの問いには言葉を濁したが、しかし菊地は内なる変化をたしかに自覚できているはずだ。
 彼には申し訳ないが、辛い表情の菊地孝平は、だから最高にカッコ良かった。絶対にこれを糧にするであろう菊地は、次のオーシャンカップでは一回り大きくなって、若松競艇場に現れるに違いない。

Cimg0484  オーシャンカップは、静岡82期三羽烏と呼ばれる菊地、坪井、そして横澤剛治の3人で参戦する。この3人がSGで揃い踏みを果たすのは、これが初めてだ。
「今日ツボが勝って、オーシャンはヨコが勝って、MBは僕が勝って、そうすればずっと3人でSGに行けますからね!」
 菊地の顔がパッと明るくなった。未来に目を向けたとき、すでに菊地は敗者ではなかった。そう、戦いはこれからだ。いや、階段を一歩上がった菊地の戦いは、始まったばかりと言うべきかもしれない。
 菊地孝平。彼は地元グラチャンを経て、たしかに新たな地平へと旅立ったのだ。(TEXT&PHOTO/黒須田守)


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