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この特集では田中工業「黒須田守」をはじめとした5名のライターから競艇にまつわるさまざまなレポートをお届けします。
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決意、そして紙一重。――優勝戦後半のピット

1img_6356  レースの途中……、一艇でピットに引き上げてきた植木通彦の顔を、どう表現すればいいだろうか。
 悔しさに顔が歪んでいたわけではなく、あくまでそれは内にしまい込もうとしていたのだろうが、内心はどれだけ複雑な想いが渦巻いていたかはわからない。
 ボートを降りてすぐ、真後ろに競技委員長がいたため、「すみませんでした」と、腰を90度近く折って、頭を下げている。……少し話を先に飛ばすが、服を着替えて競艇場をあとにするときにも、植木は関係者たちに頭を下げ続け、競技委員長にももう一度謝り、「気をつけていたんですが」と付け加えている。
「また来てください」
 そう言葉を返していたのは競技委員長だった。

「気をつけていたんですが……」
 植木のその言葉に偽りはないはずである。
 詳しいレース回顧は、先にUPされている記事に書かれているが、濱野谷憲吾のSTが0.00だったのをはじめ、残り4選手も0.03から0.06の中に入れていたのだ。フライングを切らないようにするのが選手の責任感であるならば、1号艇の断然人気を背負って引かずに勝負に挑むのも選手の責任感だろう。第三者の勝手な推測で書くのは申し訳ないことだが、そんな大きすぎる葛藤の中で切られてしまったフライングといえるはずなのだ。

 ……午後のピットを見ていて、植木の逃げ切りはほとんど100%に近い、とまで予想していた。

2img_6324 9R後のスタート練習までは真摯な姿勢で作業をしていたが、スタート練習から引き上げてきてからは、機力については120%納得がいったように、作業の手を止めて、あちこちで選手や関係者たちと、最高の笑顔を見せながら話している姿が見かけられていたのだ。
 同県の鳥飼眞や、やはり同県であり優勝戦のライバルでもある瓜生正義をはじめ、自分の元教官や、かつて賞金王決定戦で死闘を繰り広げた中道善博さん、平和島競艇場の整備員さん……など、誰と話すときにも、まったく“普段着通り”というか、これまでには見たことがないほどリラックスしているように見えたのである。
 元教官に対しては「植木さんと何を話していたんですか?」とその後に確認してみたが、「ひそひそ話ですよ」と笑って返された。NIFTY主宰の黒須田とともに、植木がものすごくいい状態になっているように見えるという話を続けていたが、そこに現われた中道さんは「スイッチングがうまいんですよ」という話をしてくれた。
 つまり、この状況でプレッシャーがまるでないわけではなく、そんなプレッシャーがありながらも、絶妙の「切り替え」によって、ああした笑顔を浮かべられる心理状態になっていたというわけである。それは、見せかけの笑顔などではなく、実際にスイッチングに成功しているからこそ浮かべられている笑顔だったというわけだ。
「それが一流というもの」。
 中道さんの言葉を聞いて、なるほどな、と深く頷かされたものである。

3u4w0097  午後のピットは、そんな植木がいたからこそ、緊張感が張り詰めているような空気にはならなかったんじゃないかとも思う。
 だが、ピットの空気が一転して、ピンと張り詰めたのは、展示航走のあとだった。
 三嶌誠司は、いつもどおり、人けのない場所を選んで、精神集中のためのストレッチをしていたが、展示航走後に一度、係留所付近を離れていた選手たちが、ひとりひとり、係留所傍の控室に戻っていく姿を見ていると、その表情は一様に硬かったのである。
 なんとなく涼しげにも見えなくもなかったのは瓜生正義くらいのものだろうか。
6u4w0035 吉田弘文は、なんとか気持ちを落ち着かせようと必死で闘っているのがその顔から察せられたし、井口佳典は午後の間中、張り詰めたような顔をしていた。……正直に書けば、吉田は舟券的にいえばいらないだろうと思っていたし、井口こそ、フライングと紙一重のスタートを切るのではないかとも予測していた。
 控室に向かう姿に好感が持てたのは濱野谷憲吾だった。いまさらこう書いても「後出し」のようにも思われるかもしれないが、筆者の取材メモには、乱暴な字で「すきっとした感じ」「ギリギリのいい集中力」とも書かれている。
 そうしてそれぞれが、“固い決意”をもってレースに臨もうとしていたのは間違いないし、この時点でああしたスタートになる前兆が見られていたのだといってもいいかもしれない。
 ……植木はどうなのだろう。
 そのときも、それが気になり、植木が来るのを待ったが、植木は装着場に姿を見せなかった。おそらくは、こちらが選手たちの動きを気にする前に、すでに控室に入っていたのだろう。誰より早く、ひとりで控室にいた植木は、そのとき「どんな顔」をしていたのだろうか。
 おそらくは、午後に見せていた笑顔はしまい込み、“1号艇に乗る艇王”としてのプライドと責任感を胸に秘めていたはずである。
 決意。そして紙一重――。
 この優勝戦は、まさしくそんな闘いだったのだ。

4img_6404 「濱野谷には悪いことした」
 レース後、カポックを脱ぎながら三嶌はまずそう言ったが、厳しい進入争いも凌いで、見事な優勝をもぎ取った“東都のエース”に対しても、賞賛は惜しめない。
 表彰式でも、「(2周目以降は)気を抜かずにターンマークをしっかり回ろう」と思っていたという言葉とともに「涙が出そうにもなっていました」と本音を洩らしている。
 レースから引き上げてきた直後には、その表情は複雑で、喜びも露わにはしていなかった濱野谷ではあるが、約5年間遠ざかっていたSGタイトルを掴み取ったのだから、その喜びは並大抵のものではなかっただろう。

5u4w0007  昨年は、いまひとつの結果が続いていたが、どんなときでも濱野谷はペラ小屋に籠もり続けた。表彰式では、今節の前に角谷健吾と一緒にペラを叩きに行ったことや、辻栄蔵にアドバイスをもらっていたことなどを話したうえで、「みんなのおかげで優勝できました!」と、喜びと感謝の声を上げていた。
“ペラが恋人”のようにも見える濱野谷が、ここでこうした結果を出したことは心から祝福したい。

 自分との闘いに打ち克ったともいえる吉田弘文。決して勝負を捨てない進入を選択した三嶌誠司。一日中自分の心と闘い続けた井口佳典。最後まで自分らしさを失わずにレースに臨んだ瓜生正義。
 この優勝戦に望んだ選手たちの姿勢は、すべてが素晴らしかった!

 それでもだ。
 最後はやはり、話を植木に戻したい。
 筆者は、10年前に植木のロングインタビューをしていながらも、昨年からSGピットの密着取材をするようになってからは、植木に挨拶以外の声を掛けるタイミングを掴めずにいた。だからこそ今日、レース後に「おめでとうございます」と思い切り声を掛けたかったのだ。
 それができなくなった今日……、やはり声を掛けなければいけない、と思った。
 スーツに着替えて荷物を片付け、タクシーを待つ植木を遠目で見ていたが……、やはり簡単に声を掛けられる雰囲気ではなかった。日頃から交流が深い関係者や報道陣たちは植木に声を掛けていき、そのたび植木は「ご迷惑をおかけしました」と頭を下げていたのだ。そんなタイミングで、植木のほうでは覚えてはいないはずの筆者などが声を掛け、「すみませんでした」と謝られるわけにはいかないと思ったのだ。

7r0013568  ただ……。瓜生や鳥飼とともにタクシーに乗り込み、植木が競技本部を離れていくときには、そこに集まっていた多くのファンたちが、「植木、がんばれよ~!」という声を一斉に浴びせかけていた。
 ファンたちにしても、今日の植木の気持ちと闘いぶりは、そうしてしっかり汲み取っているわけである。
 筆者などがこうしたタイミングで声を掛けたりしなくても、ファンたちの熱い想いが植木の耳に届いただけで充分だろう。
「お帰りなさい艇王。優勝おめでとうございます」。
 私がそんな声を掛けるのは“来年”でいい。
 昨年の不振からここまで帰ってきてくれた不死鳥ならば、私がそうした声を掛ける機会を必ず作ってくれるはずなのだから。
(PHOTO/山田愼二=1、2、5枚目、池上一摩=3、4、6枚目、内池=7枚目 TEXT/内池久貴)


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