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この特集では田中工業「黒須田守」をはじめとした5名のライターから競艇にまつわるさまざまなレポートをお届けします。
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仕事人たちの顔――2日目、後半のピット

2007_0418__607  11Rが終わって引き上げてきた久間繁が、ヘルメットをかぶったまま、エンジン吊りに出てきていた石川正美に何か耳打ちをした。当然、そばで見ているこちらに聞こえるわけはないが、久間はヘルメットの奥で微笑んでいる。次の瞬間、石川がニカーッと声を出さずに相好を崩した。久間は肩をすくめて、着替えに向かう。石川は笑顔で見送る。何を話したんだろう……。このレース、6号艇の久間は、5号艇の関忠志が動くのに合わせて前付けを敢行、2コースを取り切っている。道中は3番手も充分にある体勢ながら、最後は4着。結果だけを見れば、悔しがってもおかしくないところだが、コースを取って悔いのないレースができたということに満足もしているということだろうか。久間もそうだが、石川もとびきりの笑顔を見せていたのだから、そう解釈したいところではある。
2007_0418__569  そのレースで2着に入った小林昌敏も、ヘルメットの奥で笑っていた。こちらは、会心の笑顔と言っていいのではないか。それくらい、目がくにゃりと曲がっていた。小林は、3号艇ながら前付けを許したことによって5コース。展示ではスローだったが、本番ではカドに引き、2着に食い込んだ。展示の後、どんなことを考えていたのかはともかく、機転を利かせての好結果、となったわけである。もちろん、勝ったわけではないから、心から喜んでいるというわけでもなかろう。ただ、予選後半へ向けて、メドが立ったのも確か。小林もまた、悔いのない戦いはできたのだと思う。そんな、いい笑顔であった。
2007_0418__606  勝った関忠志は、小林や久間と違って、それほどニッコリと笑っていたわけではなかった。関にとってみれば、5号艇から前付けでインを奪い、逃げ切ったのは「自分の仕事をした」に過ぎないのかもしれない。勝利を手にした喜びはあっても、特別なことではないという感覚があっても、おかしくはない。ただ、ヘルメットを脱いだ瞬間の顔は、まさしく充実感に溢れたもの。やるべきことをやった後の、男の表情だった。

2007_0418__053  4月も下旬に差しかかろうというのに、日中の気温が10℃を超えなかった今日。朝からの雨模様、冷たい空気。冬に戻ったような気候のなかで、2日目のレースは行なわれた。ところが、明日はなんと20℃まで気温が上昇すると予想されているとか。たしかに、全レース終了後、大村は快晴になっている。選手たちにとっては、昨日今日と仕上げたペラが明日、そのまま使えるのかどうか、微妙となった。多くの選手が、明日はペラをどうしようかと悩んでいるとのこと。……って、どこから仕入れた情報かというと、長嶺豊さんであります。昨日はその凛々しさに痺れ、今日からはまたいろいろ教えてもらう日々。ほんと、お世話になりっぱなしですね。
2007_0418__259   そんな状況と関係があるのかどうか、12R発売中の時間帯にペラ室からけっこう大きな音が聞こえてきていた。ペラをカーンカーンと叩く音。覗き込んでみると、高塚清一、新良一規、井川正人の姿が見えた。不気味なのは井川で、何しろ大村は知り尽くした地元水面。明日の気候を予測して、早くも準備を始めているのか。その後は、整備場でも姿を見ており、最後の最後まで動いていた一人だった。高塚、新良は思うように向上しない機力をアップさせるため、遅い時間帯までも諦めずに木槌を振るっているようだった。新良はともかく、高塚はもう1本も落とせない背水の陣。その気合に一票を投じてみたいような気にさせられる。

2007_0418__632  12Rが始まる頃には、雨は上がっていた。雲はまだ厚いものの、太陽も顔を覗かせ始めた。同時に、一日を通してベタ凪だった水面に波が立ち始める。1マークから2マークに向かって、風が吹き始めたのだ。あとで記録を見れば、向かい風2m、とある。しかし、ちょうど12R出走選手が出走ピットに向かう頃は、それよりもずっと強く吹いているように感じられていた。
2007_0418__235  ここで、我らが気になる大西英一にご登場いただこう。出走控室にいた大嶋一也が、はためく空中線に気付いたのか、外に出て水面のほうを眺め出した。そこに、大西が現われて、大嶋と話し始めたのだ。はっきりとは聞こえてこなかったが、どうやら大嶋はスタートに不安を感じていたようだ。急に風が強くなってきたのだから、当然である。それについて、大西はアドバイスをしていたのである。あそこはこうでああだから……というような説明をし(すみません、ハッキリは聞き取れなかったんです)、最後に「大丈夫!」と力強く言った大西。大嶋は納得したようにうなずいて、再び控室に戻っていった。大西の見せた、男気である。お茶目な彼ばかり気にしてきたが、こんな一面も大西の真実だろうと思った。
2007_0418_12r_035   12R、ちょい悪オヤジ選抜。2号艇の西島洋一が、1号艇・松野京吾を出し抜いて、早々とインを奪い取った。その瞬間、アリーナに出てきていた選手たちが小さなどよめきとともに、あはははと笑った。屋根のない最前列までたった一人で出てきていた原由樹夫が、後方のベンチで観戦している仲間たちを振り向いて、「早いなあ」と笑いかける。たしかに、西島が舳先を向けたタイミングは、相当早いように見えた。結局、80mほどの深インになったのだから、西島は腹を据えて前付けに出たのだろう。原ユーも他の選手もきっと、そんなことは承知していて、だからこそ笑った、のだと思う。称賛の笑いである。
 レースは、荘林幸輝が4カドからマクって、勝利。もつれた2~4番手争いは激しく、最終2マークで加藤峻二が切り返して3番手を奪った瞬間、アリーナ席で小さなどよめきがまた起こった。

2007_0418__635  レースを終えて真っ先にピットに帰還した荘林は、やっぱりヘルメットの奥で笑顔を見せていた。そういえば、ピットであまり笑顔を見たことがない、そんな一人が荘林である。不機嫌だとかピリピリしているとかいうわけではなく、黙々と作業をし、黙々と移動しているという印象なのだ。だから、レース後に見せた笑顔がとりわけ輝いて見える。S決めてのマクリは、まさしく4カドの選手が見せる醍醐味であろう。彼もまた、やるべきことをやったのだ。
2007_0418__644  逆に、まったく笑顔を見せなかったのは、加藤峻二御大だ。レース後も終始、それこそ不機嫌に見える表情を崩さなかったのだ。3周2マークで逆転の3着は素晴らしい走りだったが、それよりもいったんは2番手を走っていて着順を下げたことにモヤモヤした思いを抱えたのか。真っ先にカポック脱ぎ場に向かった御大は、やはり表情を変えずに勝負服などを脱いでいった。あとから松野京吾や大嶋一也がやって来ても、挨拶を交わすだけ。3周2マークで引き波に沈めた水野要とも、軽く挨拶をしただけで、御大はやはり真っ先に控室へと帰っていったのだった。
2007_0418__116  御大が去ったあと、松野が大嶋とレースを振り返り始めた。松野は2コースから西島を叩いていったのだが、その上を荘林にマクられてしまった。それは大嶋も同じことだ。話題の中心はやはりその1マークで、松野も大嶋も何度か首を傾げていた。松野は控室への戻り際、報道陣に「4(荘林)は早かったでしょ?」と問いかけた。相当に早いスタートを行かれたのではないか、松野のなかにはそういう感覚があるようだった。しかし、荘林のSTはコンマ11。驚くほど早いスタートではない。そして松野自身はコンマ27。実際は、松野が、いや松野を含めたほかの選手が、やや遅めのスタートだったのだ。レース前に吹き始めた向かい風が感覚を狂わせたのか。もしかしたら、松野にとっては悔いの残るレースになってしまったのかもしれない。
2007_0418__661  荘林はJLCの勝利選手インタビューに出演するため、カポックを装着場で脱いだので、最後に脱ぎ場に戻ってきたのは、西島洋一だった。その西島の表情は、とっても明るかった。意外なほどに。そして、「あんなスタート、わからんよ」と言いながら、まるで悪戯がバレた子供のように、肩をすくめてみせた。いい顔だった。かなり深くなった起こし位置、しかし先述したように、腹を据えてのイン取りだったのだ。結果は良くなかったけれども、そう、やるべきことはやった。だから、笑顔も出る。ちょうど控室へと戻ろうとしていた松野と顔を合わせた西島は、明朗な表情で「ども!」。松野にしても、西島にインを取られたのなら仕方ない、という風情で、挨拶を返していた。いいシーンだった。

2007_0418__058  名人戦の出場選手。かつて艇界を支える強さを誇った人たち。キャリア数10年のベテランたち。素晴らしいテクニックの持ち主たち。勝負へのこだわりを果てしなく抱いている人たち。いろんな言い方ができるだろう。そこにもうひとつ、たくさんの経験を積み上げてきたプロフェッショナルたち、という定義も加えたい。長い年月、勝負の場に身を置き続けたことで、卓越した仕事人となった男たち。勝っても負けても、やるべきことをやってみせる男たち。それが、今日の後半、ことに11、12Rで感じたことだった。(PHOTO/中尾茂幸 TEXT/黒須田守) 


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