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この特集では田中工業「黒須田守」をはじめとした5名のライターから競艇にまつわるさまざまなレポートをお届けします。
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大村名人戦ベスパフォ~4日目

 さすがに勝負駆け。今日の激しさは、昨日より進入が7割増し、レースが5割増し(当社比)でありました。決まり手も逃げ3・差し4・まくり4・まくり差し1という見事な配分で、逆に言うとどのコースからでも狙える難解な1日だったともいえるでしょう。
 激戦の結果、『走る人間国宝』峻ちゃん65歳と『赤城のロンリーウルフ』金井62歳の最年長コンビが残ったのも天晴れの一語。舟券はともかく、明日の準優では声を枯らしてこのふたりを応援するつもりです!

 ではでは、今日の準ベスパフォは熾烈な進入戦争の影でひっそりと同期の友情を咲かせたふたりの戦士に贈ります。

9R/水面に咲いた「フラワーライン42nd」

2007_0420_09r_007  勝負駆け真っ只中の9Rは、6号艇にイン屋の原ユーこと原由樹夫がいたからさあ大変。原ユー自身はすでに終戦なのですが、そこは生粋のインファイター。ファンファーレを聴いた瞬間、パブロフの犬のようにイン水域を目指します。重い着を取りたくない4号艇の原田順ちゃんと5号艇の地元・山口あたりがこれに抵抗し、原ユーはコースの真ん中まで追い出されながらも艇をスタート方向に向けました。すかさず、その内に潜り込む順ちゃんと山口。さらに3号艇の友永がその内に入ったところで、「こんなに深いアウトコースはたまらん」とばかりに原ユーは退散。失意の回り直しです。
 で、こんなに激しいコース戦争が繰り広げられている間、1号艇の荘林幸輝は何をしていたか。なんと、原ユーが回り直している時も、まだ小回り防止ブイの手前で、ゆっくり艇を流していたのです!
 私はこう考えました。「コースに頓着しないオールマイティ荘林は、アウトも辞さずの構えで他の選手の動向を見ているのだ」と。そうでなければ、こんなにゆっくりとした待機行動は考えられません。深いインより楽なダッシュ。それが荘林の選んだ道なのだと……。
 ところが、この唯我独尊の「ひとりだけまた~り進入」には深~~~い意味が隠されていたのですな。目を他の選手に移して、私、驚きました。友永などと一緒にコースに入った2号艇の吉田稔がポッカ~~リとイン水域を開けているのです。「原ユー退散&荘林また~り待機」によって、その気になれば稔はいくらでもインを奪うことができた。今でもできる。しかし、稔はただただイン水域を5mほど開けたまま、真っ直ぐ舳先をスタート方向に向けている。
2007_0420_09r_035  そろ~~~り。荘林が他の艇よりも20~30秒ほど遅れてブイをまたぎ、スルリとインに入った瞬間、私はすべてを理解しました。
 吉田稔と荘林幸輝は、「花の42期生」だ!!
 そう、ふたりは同期であり、しかも荘林がGI・8V、稔が同3Vという42期のトップ2。しかし、この42期には、まだSG優勝という勲章がないのですな。荘林がコースに入ってから、私はこのふたりの無言の会話を聞きました。
稔「さあ、ゆっくり入れ、荘林。俺はもう終戦だから、お前に託すしかないんだ。たとえ原さんが来ても、お前のインだけは絶対に守ってやるつもりだった。さあ、楽インを取って逃げろ。逃げて準優の1号艇を取って優勝して、来年の総理杯へ行け。それが俺たちにとってラストチャンスになるかもしれない。昔からエリートだったお前だけが頼りなんだ」
荘林「ああ、お前が身体を張ってインを守ってくれると思ってた。行くぜ、優勝まで。お前の分まで頑張ってやる!!」
 はい、勝手な妄想かもしれません。でも、あの「6枠側から順番に早く進入したのに、結局は123456」という前代未聞の枠なり進入は、こんな意図でも働かない限りはありえないんです。あるいは、事前にふたりの間で決めていた可能性もあります。

 荘林は一目散に逃げました。ほぼ同体のスタートから、2コースの吉田稔はセンター勢の猛攻を必死にブロックしているようにも見えました。結果、荘林幸輝1着。今日はじめての逃げきりであり、この勝利によって準優1号艇を手にする貴重な1着でもあったのです。
 水面に密かに咲いた同期花。私はこのふたりの友情に敬意を表して「フラワーライン42nd」と名付けさせていただきます。

 そして今日のベスパフォ賞は、個性派揃いで大いにスタンドを沸かせてくれた還暦手前の6人のレーサーに捧げます。

12R/艇界の団塊スターを見習え!!

2007_0420_12r_039 「団塊の世代(だんかいのせだい)は第二次世界大戦直後の日本において1947年から1949年(1952年、または1955年生まれまで含まれる場合もあり)にかけての第一次ベビーブームで生まれた世代である。かれらの父親らがこの時期に終戦に伴う復員をしたため、おのずと婚姻、出生人口がこの時期に重なった。
 作家の堺屋太一が1976年に発表した小説『団塊の世代』で、鉱物学で一塊の単位で採られる鉱物を指す「ノジュール(nodule )」の訳語を、世代を表す言葉として用いた事により登場した言葉である。団塊世代とも言われる。また、その子の世代は団塊ジュニアと呼ばれる。なお、日本のみならず米国等でも同様の現象がみられ、ベビーブーマーと呼ばれる。」<フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より抜粋>
 はい、知っている人も多いでしょうが、念のため。つまり、団塊の世代は数が多い分、生存競争が激しく、しかも育った時代が戦後のドサクサ期だったから逞しいわ独創的だわ精力的だわで、日本の高度経済成長をグイグイと引っ張ってきた人たちなのですな。
 そんな世代が、一同に水面に会しました。メンバーを改めて。
①関チュー56歳
②佐久リー59歳
③順ちゃん57歳
④古谷モー57歳
⑤重義さん58歳
⑥アラビン59歳
 なるほど、インファイターの関チューあり、逆にコースにこだわらない重義さんあり、まくり屋の古谷モーあり……みんな精力的というかヤンチャというか、元気一杯なメンツでありますこと。で、この枠番も、それぞれの持ち味がいちばん生かしやすいように工夫されているような気がします。「楽な枠なりから、どっからでも飛んで来い!」みたいな。私としては、真逆の枠順でのレースも見たかったですけどね。
2007_0420_12r_021  さてさて、結果はというと、この世代のアイドルともいうべき原田の順ちゃんが、3コースから豪快にまくって団塊世代のチャンプになりました。元気ハツラツ、オゥモーレツ!と叫びたくなるほどの同体からの強まくり。
「行くしかないと思ったっちゃけん、行ったとです。あげなことして転ばんか、もう冷や冷やもんでした(笑)」
 いやいや、団塊の世代は迷ったら引き返すより突っ込むとです。スタートもすべてコンマ10台の息の合った好発進。道中の競り合いも激しく3-1-5になったり3-5-1になったりしながら、突っ込み&ツケマイの饗宴の果てに3-5-6で万シュー。実にハラハラドキドキの、「らしい接戦」が最後まで続きました。
 現在、巷では「団塊の世代が一斉に引退したら、日本の社会や経済構造そのものが変わる」と大騒ぎしておりますが、こと艇界に関してはご安心。今日の6人はじめ、団塊のスターレーサーたちは来年も再来年も、そのまた次の年も水面でヤンチャなプレイを見せてくれるはずです。準優に駒を進める団塊レーサーは順ちゃんと重義さん。戦後のドサクサで培った生命力が、明日の水面でも大いに生かされることでしょう。(Photo/中尾茂幸、Text/畠山)


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