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この特集では田中工業「黒須田守」をはじめとした5名のライターから競艇にまつわるさまざまなレポートをお届けします。
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自分との闘い。そのそれぞれの形――優勝戦後半のピット

1img_0015 「雨はやみますかねえ……」。
 8レース前、大嶋一也は“浪速のドン”長嶺豊氏に話しかけ、空を見つめていた。その傍では、“報恩の人”金井秀夫が、選手控室前の濡れたベンチを、ひとり無言で拭いていたのも、いかにも、らしかった。

 8レースが終わって、優勝戦のスタート特訓になったが、それに先立ち、大嶋と小林昌敏に加えて、井川正人、松野京吾が入る組み合わせで特訓が行なわれた。
 このとき、まず大嶋は、かなり深い位置からのスタートで特訓を始めたので、そこに大嶋の“意志”があるのではないか、とも思われた。
 ただし、その後、12レースのメンバーになって特訓が繰り返されたときには、ターンマーク付近からのスタートを中心にしながらも、ダッシュの位置からのスタートなども行なっていたので、この意志を貫こうという気持ちを大嶋が固めていたわけではなかったのだろう。

2img_1613  このときのスタート特訓には、原田順一だけ参加しなかったので、「どうして出なかったんですか?」と訊いてみているが、「気になりますか? (特訓にはこの後も)乗りません。こういう日は乗らないほうがいいんです」と答えてくれている。
 ただ、そんな原田にしても、そう話してくれたあとには、待機ピット付近で、ゆっくりボートを旋回させたり、入念に回転数チェックを行なったりはしていた。
 そして、そんな作業がひと段落ついて、選手控室のほうへと引き上げてきたときには、筆者に向かって、右手でOKサインを送ってきてくれ、「心配してくれていたようなんで」と笑っていたのだ。

 この特訓後、中尾カメラマンが山口博司に「スタートの手応えはどうですか?」と尋ねてみると、首を傾げて「掴めてないですね」と答えている。
 そして、やはり、手応えがいまひとつだったようで、特訓後すぐにペラ小屋に向かった荘林幸輝と並ぶ形でペラを叩いていた。
 山口の作業は比較的、短い時間で終えられているが、ここから“孤独な闘い”を始めたのは荘林だった。

3img_0060  しばらくペラを叩いていたあと、9レース後にもう一度、試運転に出て、加藤峻二と2人で足を合わせ、その後の荘林は再び「無人のペラ小屋」に籠もり続けたのである。
 自分の中での狂いが出ているのだろうかとも心配されたが、道具を片付けに加藤がペラ小屋に来たときには「悪くはないんですけどねえ」などと話していたので、計算が大きく狂ったわけではなく、100%納得するためには、何かが少しだけ足りないような状態になっていたのではないかと考えられる。
 午前中から、今日は「自分との闘い」と言っていた荘林は、その後、10レースが始まり、展示ピットにボートを移さなければならなくなるギリギリの時間まで、ペラを“見つめ”続けたのだ。
 8レース後にペラ調整を行なっている際にはカメラマンにもその様子を撮影してもらっていたが、この段階にくればもう、“集中力を乱したくない”という気持ちも強くなってくる。そのため、山田カメラマンと2人で「もう撮らないでおきましょう」と頷き合って、荘林の視界には入らないようなかなり遠い場所からその様子を窺っていたのだ。
 このときの荘林は、何度も何度も、いろんな角度からペラを見つめ続けており、時おり、聴こえるか聴こえないかというほど微かなカンカンという短い音が聴こえてくるだけだった。遠目で見ていただけなので、はっりとしたことは書けないが、そうした状況からいっても、このときの荘林の修正作業は、本当に微かな微かなレベルのものだったと思われる。

4img_0031  その様子からできるだけ目を離さないようにしながら、装着場の様子を窺っていると、特訓を終えてからしばらく時間を空けて、人がいなくなっているところでボートを入念に拭いている大嶋の様子が確認されたり、小林昌敏や山口が他のレースのエンジン吊りを手伝っているところなどが見かけられていた(写真はスタート特訓前の小林/レース結果は3着)。
 少しずつレースが近づいていく時間帯を見守りながら、選手それぞれに“様々な闘い方”があるものだな、とも実感していた。

5r0013930  展示航走を終えて、あとは“本番を待つばかり”という時間帯になってからも、やはりそうだった。
 このとき、締切20分ほど前にアリーナに姿を見せて、選手控室前の金井がその濡れを吹きとっていたベンチに腰かけて、締切10分前ジャストの時間まで、ずっと空を見ていたのが加藤だったのだ。
 空模様を見ているのか、対岸の大型ビジョンに映されているオッズを見ているのか。あるいはその目には何も目に入っていないのか……。
 そうして加藤は、心を「無」に近づけているのではないかと想像されたが、大袈裟な話ではなく本当に、無の境地に入っているのではないかと思えるほど穏やかな顔になっていたのだ。そんな御大の姿を見ていると、やはり凄いな……と、こちらも唸ってしまったものである。
 午前中には心配されていた空模様はかなり回復していて、一時はやんでいた雨が、再びぱらぱらとしとついている程度になっていたが、加藤がそこにいた10分ほどの時間は、他の関係者と言葉を交わしているのも躊躇われ、こちらも緊張を強いられていたものだった。

 そして、迎えた優勝戦――。
 選手控室前のベンチ付近には何人かの選手が出てきたので、その様子を写真に撮っておこうかとしていると、にわかにざわめきが起こった。
 そのとき、8レース前の特訓のことを思い出した筆者は、「もしかして……」と思い、水面に目を向け直したが、そこには“見たくない光景”があったのだ。
 そう、3枠の大嶋が1コースに入っていたのである!
 午後のあいだはずっと、荘林の孤独の闘いや加藤の美しき佇まいを見ていたこともあり、正直いって、それは歓迎できる前付けではなかった。
 ……レースについての詳細は別記事に譲るが、1コースの大嶋がしっかりと逃げ切り、荘林はなんとか2着に入ったというのがレースの結果だ。その間、アリーナではほとんど選手の声は聞かれず、レース後にはハッキリと「あ~あ」と声に出している選手もいたのは事実である。

6img_0118  ただし、こうして筆者も、大嶋の前付けを否定的に書いてしまってはいるものの、これはこれで「賞賛すべき勝利の形」であるのは間違いないことだ。
 表彰式で大嶋は、「深いコースからは練習してなかったんで、スタートはちょっと怖かった」と話していたし、特訓で見られた“一度だけの深いスタート”は、やはり、大嶋の中で出されていた明確な答えではなかったのだろう。
 そして、このレース後に「あ~あ」という声が聞かれる状況において、大嶋はどうしても勝たなければならなかった立場にあったのだ。
 表彰式で大嶋は「陸の上ではみんな先輩なのでちょっと疲れましたけど、みんな昔よりやさしくなっていて、いたわってくれたんで楽しかったです」とも話していたが、今節のピットのどこかには、ほんのわずかなものではあっても、大嶋を“外敵”とでも捉えているような空気があったのだとも考えられなくはない。
 なにせ大嶋は、長い休場期間があったとはいえ、これからも現役でバリバリ、記念やSGを闘っていくはずの選手なのだ。そのうえ、今回の優勝戦には、艇界で尊敬の気持ちをもたない者などは誰もいない加藤が乗っていたのである。
 それでも、モーター抽選も行なわれる前の大会以前から、“大本命”とされていた大嶋は、やはりここを勝たなければならなかったのである。……そして勝ったのだ!

7img_1723  ウィニングランを終えてピットに引き上げてきた大嶋は、同県の石川正美の祝福を受けたあと、何より早くその姿を見つけたいという感じで、加藤と荘林の姿を捜し求め、「すみませんでした」と、それぞれに対して深く頭を下げている。
 加藤と荘林も、“いやいや”といった感じで手を振り、無言で大嶋に応えていたが、このときの大嶋がどれだけ辛かったかと思えば、やはりこちらの胸も痛んでくるものだ。

 個人的な本音をいえば、荘林や加藤、あるいは原田が勝つ姿を見たかったのは確かだが、ここでまた“自分との闘い”に勝ち切った大嶋を讃えられないはずがない。
 例年以上に様々なドラマはあった気もするが、「優勝しようと思って来てました」と言った大嶋が、自分の力によってそれを叶えたのが今年の名人戦だったのだ。
 ここは素直に、大嶋一也に対して祝福の声を贈りたい。
 ただし……、この勝利によって大嶋は“人間国宝”加藤らを破ってその座に坐った『競艇名人』の名にふさわしい活躍が義務付けられるようになったとはいえるはずである。
(PHOTO/山田愼二、内池=加藤のみ TEXT/内池久貴)


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