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この特集では田中工業「黒須田守」をはじめとした5名のライターから競艇にまつわるさまざまなレポートをお届けします。
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終わらない宇宙最大の勝負駆け――優勝戦のピット

2007_1125_0007 ――優勝して、率直なお気持ちは。
「正直…………ほっぺたが痛いです」
 場内大爆笑。
――ゴールしたときのお気持ちは?
「そのときは痛くなかったです」
 再び場内大爆笑。
 やはり、この男はエンターテイナーである。湯川浩司、競艇王チャレンジカップ優勝。初っ端に書いたくだりは、その共同記者会見の冒頭のやり取りである。
 本場やJLCで表彰式をご覧になった方はご存知だろうが、表彰式後に賞金王出場選手(の一部)がステージに登場し、本日のイベントゲストだったアントニオ猪木と握手をした。そして、代表として湯川が闘魂注入のビンタを受けて、派手に倒れてみせたのだった。会見での冒頭は、すなわち、このシーンを受けてのもの。会見場でそれを見ていた記者さんたちは、湯川のウィットに富んだ答えに腹を抱えて笑った。湯川浩司、本領発揮である。
2007_1125_0068  しかしながら……レース後、ウィニングランを終えて戻ってきた湯川には、実は笑顔はなかった。銀河系軍団の井口佳典、山本隆幸らがバンザイで出迎え、重野哲之、横澤剛治、金子良昭、渡邉英児ら、重鎮や選手班長を含めた地元勢が笑顔で祝福しても、湯川は決して笑おうとはしなかった。ただただ、唇をキッと結び、目にグッと力を込めて、「勝ったぞ」とばかりにうなずくのみだった。金子や渡邉の大先輩たちにも、その表情を崩さないまま、何度かお礼の意味を込めた会釈をしただけだ。
 グラチャンを優勝したときの湯川は、とにかく笑顔笑顔笑顔であった。それなのに、今日はまるで違う湯川がいた。この違いは何なのだろうか。
 間違いない。今日の湯川は勝つべくして勝った。SG優勝戦1号艇のプレッシャーにも怯まない心を作り上げて、勝つべくして勝ったのだ。「(スタートは)遅れられないから、早めに仕掛けて、他の5艇の伸びシロはわかっていたから、それに合わせていきました」というスリットでの精神力は、少なくともインからS遅れで惨敗した昨年の総理杯の時には培い切れてはいなかったものだ。おそらく、グラチャンのときもまだ完全ではなく、だからこそ「今度はスタートをきっちり行って、勝てたこと」に、湯川は笑顔を爆発させた。しかし、今日は違う。冷静に戦略を立て、それを実行し切っての勝利。グラチャンがコンマ07、今日がコンマ11と、グラチャンのときのほうがSTは早かったが、しかし中身は今回のほうが断然に濃い。今日のレース後の湯川の表情は、すなわち充実感を表現した顔だ。勝つべくして勝った。やっぱり、そのことに間違いはない。
 もちろん、エンターテイナー湯川は、その後は地上波テレビのインタビュー、報道陣からの祝福、表彰式、共同会見と、いたるところで笑顔を見せていたし、周囲を笑わせる言動でサービス精神も発揮していた。そりゃあ、湯川浩司だもの、そうならないはずがない。だが、勝利の真実はまた別のところにあった。実は硬骨で男っぽい勝負師の顔をもつ湯川――しかも、さらに成長して完成に近づいた湯川が全開になったあのレース後こそ、彼が何者かの証明でもあったのだ。

 唯一の賞金王当確だった湯川の勝利で、宇宙最大の勝負駆けに臨んだ敗者たちは、ほぼ一様の表情をしていた、と言っていいと思う。一言で言うと、「悔しさ混じりの笑み」ということになるだろうか。もちろん、優勝を逃した悔しさ。そして、賞金王行きを逃した悔しさ。そのうえで、やるべきことはやったのだという、爽快な笑み。いや、爽快な苦笑い、と言ったほうが正確か。日本語として不思議なものになってはいるけれども。
_u4w1330  特に印象的だった笑顔は、倉谷和信のものだった。仲間に囲まれて、「仕方ないな」と言いながらも、ひまわりのような(ヒゲの生えたひまわりはないけれども)笑顔を見せていたのである。闘志溢れた、コワモテの倉谷。誰をも癒すであろう、笑顔の倉谷。このギャップは、全力で何かを成し遂げようとする者にしか手にできない魅力である。
2007_1125_0116  川﨑智幸は、どちらかといえば、静かな笑み、であった。モーター返納作業をしながら、仲間の会話を耳にして、穏やかに微笑む、というか。優勝を逃しても、2着なら賞金王の目があった。しかしその2着をも逃して、川﨑は数分の間に多くのものを失った。だが、川﨑とて、何もせずに負けたわけではない。だからこそ、勝負のあとに微笑むことができる。淡々と返納にいそしむ川﨑の表情は、ひたすらクールであった。この「クール」とは、「カッコいい」という意味である。
_u4w0948  西村勝は、それほど破顔した笑いを見せていたわけではない。むしろ、目は完全には笑っておらず、敗戦を噛み締めつつの笑みであったように思えた。そして、佐藤大介もまた、笑顔にハッキリと「クソッ!」と書いてあった。前半のピットでも書いたように、レース前にもっとも笑顔を見せていたのは大介だった。展示から戻ってきたあとも、さすがに笑顔は見えなかったが、SG初優出のプレッシャーなどどこ吹く風の様子で、闘志のこもった、それでいて涼しい顔をしていたのだ。しかし、レース後になると、むしろもっとも笑顔に悔しさが色濃く混じっていたのが大介であった。あの柔和で優しい大介の胸の奥には、きらめくような勝負師魂が埋め込まれている。そう思うしかない表情であった。

2007_1125_0170  敗者のなかで、やはり特異な表情を見せていたのは、2着の寺田祥である。レース前、どれだけ賞金ランクに関しての計算をしていて、自分がどういう状況にあるかを知っていたのかどうか、まったくわからない。いや、わかっていたとしても、レース後の表情を見てしまえば、頭に疑問符が沸いたであろう。とにかく、淡々、なのだ。レース後のコメントには「ダメでも2着が獲れるように走った」というものがあったから、「2着で賞金王当確」ということを知っていた可能性はある。だが、ホッとした表情も見せず、かといってレースに敗れた悔しさを露わにはせず、さらに賞金王当確を喜ぶような態度も見せず、ひたすら淡々としているのだから、驚くしかない。返納の際、周囲と話しながら、ごくごく細い微笑を見せていたことだけが、印象に残る“表情を変えた瞬間”。こうした、とことん平常を貫くあたりに、テラショーの底知れぬ力を感じるしかない。賞金王決定戦、初出場決定。福岡での聖戦でも、この平常心が見られるのだろうか。

 さて、宇宙最大の勝負駆けだから、やはりこの人たちのことも記しておかねばならない。まず、昨日当確が出た服部幸男。今日は、表彰式後のイベントに登場しているが、その前にピットに挨拶に訪れている。たまたま、特別選抜A戦を戦い終えた松井繁と顔を合わせて、「松ちゃん!」「おめでとう!」と短いやり取りを笑顔で交わしている。
 今日時点で12位の三嶌誠司は、早々と競艇場を後にしていて、優勝戦前のピットではもう姿を見ることができなかった。前半には、スッキリした表情を見せていたけれども。
2007_1125_0052  そして、13位の原田幸哉。三嶌との12個目のイス獲り合戦が、月末の記念(初日と2日目のみ)にまで持ち越されている。優勝戦後、記者さんたちに囲まれた原田は、かなりサバサバとした表情で、むしろもう気持ちを切り替えているようにすら見えた。「記念の賞金は一緒だけど、旅費が違うからなあ(幸哉は地元の常滑、三嶌は香川→尼崎)」。いやいや、旅費は賞金額には含まれませんよ。そんな指摘を受けて、「えっ? ほんと? 選手間では、旅費も含まれるって言ってましたよ」。どうも暢気にすら思えるのだ。「まあ、とにかく頑張りまーす」、力強さなどまるで感じさせずに決意を表明して、幸哉は控室に向かったのだが……とにもかくにも、ひとつの勝負駆けが終わったことが、幸哉をリラックスさせているのだろうと思う。現状を認識した彼は、常滑では鬼の幸哉に変わるはずである。もしかしたら、競艇場を出るときにはすでに、心に炎を宿したかもしれない。

 宇宙最大の勝負駆けは終わった……いや、終わっていない。最後の1つのイスだけが、待ちぼうけを食っているのである。to be continuedのROAD to 福岡。我々競艇ファンは今、もっとも贅沢な月末を送っている。(PHOTO/中尾茂幸=湯川、川﨑、寺田、原田 池上一摩=倉谷、佐藤 TEXT/黒須田守)


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