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この特集では田中工業「黒須田守」をはじめとした5名のライターから競艇にまつわるさまざまなレポートをお届けします。
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尊敬すべき勝負駆け――4日目、後半のピット

2007_1123_0490  整備室から出てきた江口晃生が、何かを発見して目を大きく見開き、唇を尖らせ、指を差して叫んだ。
「出すぎだよぉぉぉぉ~~~!」
 指を差した先には、瓜生正義がニコニコと笑っていた。江口は、瓜生のエンジンが噴きまくっている、と言っているわけだ。そのわりには、なんだか抗議しているような言い方だけど……。
「あんなこと言うから、ギアケースやったのに、元に戻しちゃったよ~~」
 瓜生はさらにニコニコと笑っている。「あんなこと」が何だったのかは確認できなかったが、推測すると、瓜生と江口は足合わせをやったか、あるいはお互いのアシ色を確認し合ったか、どちらかをして、瓜生の言葉は決して強気だったわけではなかったのだろう。それで自分のアシ色を顧みた江口は、調整したギアケースを元に戻した。そういうことだと思う。ところが……。7R、江口は1着で結果待ちという勝負駆けで、絶好の1号艇。しかし、4着に敗れてしまった。結果的にボーダーは5・67だったから、逃げ切っていれば準優に残っていた。一方の瓜生は、5R2着、10R1着。この対照的な結果に江口は、「出すぎだよぉぉぉぉ~~~!」となったわけだった。
2007_1123_0277  瓜生は、えへへ、といった感じでさらに笑ったあと、
「フルダッシュで行ったんですよ」
 だが江口は、また唇を尖らせて「そんなことじゃない!」。そして、もういちどビシッと瓜生を指差して、力強く言った。
「出てるっっっ!!」
 去っていく江口に、瓜生はぺこっと会釈を返した。
 たしかに、江口はこれで賞金王への道は閉ざされた。無念の思いも強いだろう。だが、ここに記した内容を、実は目をくにゃりと細めて、笑みを浮かべつつ話していた江口だったのである。つまり、これは激励だ。瓜生、お前のエンジンは出ている、それを活かせば勝てる! そう断じることで、瓜生の心にパワーを注入したのである。
 そんなシーンを見ていたら、江口が終戦を迎えてしまったことが、ものすごく残念なことのように思えてきたのだった。瓜生よ、江口の期待に応える激走を頼むぞ!

2007_1123_0445  8R、西島義則が鬼神のごとき追い上げを見せて3着に浮上し、勝負駆けを成功させた。もし4着だったら予選突破はならなかったから、見事な逆転劇であった。
 おそらく、西島は相当に気分よく、レース後を過ごしていた。もはやアシにはある程度納得しているのか、作業をしている姿はまったく見なかったが、エンジン吊りに出てきたときの西島は、まるで身体が弾んでいるかのように、力強い歩様なのだ。歩幅も大きく、スピードも速い。精神的な充実ぶりが、その肩から、背中から、あふれ出ているのである。かつては賞金王常連だった西島の、最後の賞金王出場は01年。02年グラチャン優勝戦のF以来、暮れの大舞台からは遠ざかっている。6年ぶりの聖戦に向けて、すばらしい気合乗りになってきたぞ。

2007_1123_0124  9R。気になる山崎智也。まさかのフライング。いや、男っぽい勝負を見せてくれる智也だから、しかも6コース発進となったのだから、スタートをぶち込んでくるのは予想の範囲ではあった。もちろん、それがフライングとなるとは考えていなかったし、もっともみたくなかった結果ではあったが……。山崎智也のROAD to 福岡は、終わった。
「これも勉強です」というコメントを残している智也は、11R前にはもうスッキリした表情を見せていた。さまざまな思いが胸中に渦巻いているのは間違いないが、しかし結果を受け入れているようだ。12R前には、村田修次、齊藤仁と談笑しながらエンジン吊りに出てきており、屈辱の結末を迎えた男のようには見えなかったものだ。かつて、敗北の悔恨を笑顔で隠す智也、というようなことを書いたことがあるが、今日の笑顔はそうは見えなかった。ただただ、ひとつの物語の終わりを吹っ切れた思いで迎えているようにしか見えなかった。それが正解かどうかはわからないが、智也はすでに来年に目を向けているのではないかと想像した。もしそうだとするなら、山崎智也はやはり、男っぽい男である。もちろん、崖っぷちに残れなかった雪辱は、来年、倍にして返すはずだ。

 11R。バックで5艇が並ぶという、激戦となった。勝負駆けだったのは、辻栄蔵と池田浩二。辻は賞金ランク22位、そして池田は12位という正真正銘のボーダー上だった。
2007_1123_0734 「びーっくりしたわ!」
 西島義則と並んで控え室に向かいながら、辻は大声で笑った。
「あれは普通、1等じゃ」
 西島が笑い返す。インから1マークを真っ先に回った辻は、結果的にだが、1着なら準優に残っている。そして、たしかに逃げ切る態勢を作り上げていた。ところが、そのふところに4艇が「どっこどこ入ってきた」(辻)。次々と差し込まれ、5艇併走という状況になってしまったのだ。しかも、辻がいちばん外、である。びーっくりするのも、当然だ。2マークをうまく捌いて2着を確保したあたりはさすがであったが、喜べない2着であろう。4年連続でベスト12のピットを手にしてきた一昨年の賞金王覇者は、この時点で5年連続を逃すこととなってしまった。悔しすぎる2着、であった。
 だが、辻はむしろサバサバと笑っていた。もしかしたら、ものすごいレースを戦った、もしくは作り上げた充実感があったのではないだろうか。カポック脱ぎ場では、他の出走選手も興奮気味にレースを振り返っていた。どの顔も上気し、誇らしげだった。勝った寺田祥以外の選手も、である。
2007_1123_0249_2「すごかったなー!」
 川﨑がともに戦ったライバルたちに話しかける。全員がうなずく。
「普通だったら、1等の展開だったのに、ヘタすりゃ6等だもんなー」
 実は、川﨑は6等でも予選を突破していた。だが、川﨑はそんなことを言っていたのではない。どれだけ激戦だったかを語っていたのだ。
 その後も、彼らは充実した表情で、レースを振り返り続けた。まるで、このすばらしい余韻にいつまでも浸っているように。
2007_1123_0477  ただし、一人だけ、ちょっと違った表情を見せていた男もいた。池田浩二だ。
「いいターンした手応えがあったのになあ」
 辻の内にどっこどこ入った一人であった。スーパーバトルを構成した一人だった。しかし、真っ先に脱落したのも池田だった。両側から挟まれるようにしてずり下がったのだ。結果、ただ1艇そのバトルに参加できなかった湯川浩司(予選1位の彼が参加できなかったのも意外だが……あるいは、だからこそなのか)との競り合いにも敗れて、シンガリ負けを喫してしまった。11Rがピットアウトした時点では、予選18位だった池田は、つまり3着で準優に残っていた。それがまさかの6着……。自力でベスト12のイスを手にすることは、かなわなくなってしまった。
「あー、今年が終わった」
 ヘルメットを脱いだ池田は、そう呟いた。実際は、賞金ランク12位の池田には、賞金王出場のチャンスは残されている。だが、先述したように、準優~優勝戦(場合によっては特別選抜戦)の結果待ち、自力で12位を守り切ることはできないのである。池田の呟きは、その意味で、妥当かもしれなかった。だが、池田浩二よ、諦めるな。信じながらあさっての夕方を迎えてほしい。他力出場を良しとしない心意気は、まさしく勝負師のソウルなのだから。

2007_1123_00902007_1123_00992007_1123_06912007_1123_0244  12R。勝負駆けには関係なかったが、インから圧倒的な走りを見せた松井繁に痺れる。ピットに戻ってきた松井の目には、力がみなぎっていて、また圧倒される。やはり、この男は王者だ。
 それよりも、エンジン吊りの面々に、改めて驚かされる。倉谷和信、太田和美、湯川浩司。帰郷した田中信一郎以外の大阪勢全員が、準優進出を決めているではないか。している作業はいつも通り、表情も特に変わってはいないのだろうが、全員の表情に特別な充実を感じたりしてしまう。もちろん、こちらの感じ方でしかないのだろうが。
2007_1123_0723  対照的だったのが、都築正治である。このレース、唯一の勝負駆け選手が都築だった。条件は2着。1周1マークを回って、都築は2番手を走っていた。そのまま押し切れば、見事な勝負駆け成功であった。ところが、内をするすると平石和男が伸びてきていた。思い切ったツケマイを放って攻めたが、結果は3着。わずかひとつの着順の差で、準優のピットはするりと逃げていった。
 ピットに上がった都築は、固まっていた。誰の目にも明らかな、落胆。視線は下を向き、足取りは重い。ヘルメットをかぶったまま控室へと向かう際も、ずっとうつむいたままだった。繰り返すが、わずかひとつの着順の差、である。しかしその差は、賞金王への道を眼前に開いてくれるか、あるいはぴしゃりと閉ざしてしまうかの差でもある。残酷なまでに大きな大きな、差なのである。決して下を向く必要のないレースぶりではあったが、胸を張れと言われてもできるはずはない。チャレンジカップ勝負駆けの非情を、都築は全身で味わうのだった。

2007_1123_0527  フライング6本。ボート変更11艇。さらに、途中帰郷4名。あまりに壮烈で、熾烈で、過激で、まさしく何が起こるかわからない、競艇王チャレンジカップ。事故多発は望ましい出来事ではないし、実際あまりにいろんなことが起こりすぎて、誰もが重々しい気分を抱えてはいるけれども、しかしその場で立ち上るドラマは、せつなく激しく、そして美しい。世界最大の勝負駆け、そこには艶やかに戦う、尊敬すべきレーサーたちがいた――。(PHOTO/中尾茂幸 TEXT/黒須田守)


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