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この特集では田中工業「黒須田守」をはじめとした5名のライターから競艇にまつわるさまざまなレポートをお届けします。
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笑う勝負駆け――4日目、後半のピット

 金子良昭が、右手でOKサインを作って、力強く2度ほど振った。ボートリフトで引き上げた艇を後ろから押しながら、原田幸哉は金子の右手を見て2度ほどうなずいた。金子の顔が弾けた。
 前半のピット記事で、金子が原田の尻をポーンと叩いて激励する場面を記している。あれから4時間ほどが経っていただろうか。もしかしたら、あの後も金子は幸哉を励まし、幸哉も金子の言葉を頼っていたのかもしれない。11Rを6コースから2着に突っ込んだ原田に、「ほらな。大丈夫だったろ」とでもいうような表情を向けた金子。そのなかに、見てもいない麗しいシーンが鮮明に浮かんだように思えた。
2007_1113_0639  幸哉は、その後も金子のそばを離れようとしなかった。今日一日、心に不安という重石を抱えながら過ごしたかもしれない幸哉は、1着を獲れる局面がありながらの2着に悔しい思いもありながら、しかし胸のつかえが取れたところもあったはずだ。それをアシストしてくれただろう先輩の言葉を、レースで一応の結果を出した後も幸哉は、まだまだ欲しているようだった。そんな幸哉に、金子は我が喜びのように声を弾ませながら、言葉を与えていく。周囲で行なわれているエンジン吊りの音にまぎれて具体的な内容は届いてこなかったけれども、金子の口から発する声のパワーは伝わってきていた。幸哉は何度かうなずきながら、金子に左斜め後ろから付き従っていく。最後に幸哉がうなずきというより、礼を言うように深く首を振ると、金子は「カカカカカ」と声を張って笑った。ヘルメットの下で、幸哉も笑っていたかもしれない。
 エンジン吊りが終わり、静けさを取り戻したピットで、もういちど金子の姿を見ることになった。今度は、隣にいるのは松井繁。肩が触れるほど接近している二人は、声を潜めて内緒話をするかのように、小さな声で話しながら歩いていた。松井が「でしょ?」と言い、金子がまた「カカカカカ」と笑うと、ちょうど整備室の自動ドアが開いた。松井はレース後のモーター格納作業のため、金子は……何が目的かはちょっとわからなかったけれどもとにかく、整備室へと入っていった。もしかしたら、松井と話をするためだけに、金子は整備室に来たのかもしれなかった。
2007_1113_0573  数分後に整備室を覗くと、声はまったく聞こえないのだが、松井と金子は時に爆笑しながら談笑していた。撮影のために整備室にいた中尾カメラマンに聞くと、「作業している人の音が響いていて、よく聞こえなかったけど、『ハワイがどうたら』って言ってたよ」とのこと。過去の海外旅行について話していたのか、それとも来るべき予定を話していたのか。ひとつ言えるのは、勝負駆けの後の会話としては、一見、似つかわしくないように思えることだ。
 松井は、まさかの勝負駆け失敗を喫していた。レース後はすぐに気持ちを切り替えたようで、顔を合わせた際に昨日の取材のお礼をすると、まるで旧知の友人に向けたかのような爽やかな笑顔を見せて、僕をドキドキさせてくれている。ただ、すれ違って数m歩いたあとに、振り返って「来節がんばります」と小さく言ったように、やはり予選落ちに釈然とはしていないようでもあった。当たり前だ。準優進出を逃して何も感じない男が、そこで自分と向き合えない男が、王者と呼ばれるわけがないのだから。
2007_1113_0324  そんな松井を、完全に癒したのが金子だったのではないか。プライベートでの会話のように楽しそうに話す二人を見ながら、僕はそう思った。もし想像したとおりだとするなら、金子の人間力に感嘆するしかない。金子は、ボーダーが下がったことで準優の6号艇に滑り込んでいる。幸哉にOKサインを出したとき、松井と談笑したとき、自分が準優に届くと知っていたのかどうかは定かではない。そして、金子の見せた振る舞いと準優進出の間に関連性など皆無である。それでも両者を結びつけて考えたくなってしまうのは、つまらないこじつけなのだろうか……。
2007_1113_0019  整備室の奥のほうでは、森高一真が一心不乱にペラを磨いていた。いや、ヤスリのようなものを手にしていたようにも見えたから、削っていたのかもしれない。それを、川﨑智幸が優しく見つめている。目は穏やかな曲線を描いて緩み、口元は目とは逆向きの曲線でやはり緩んでいる。一言で言えば、笑顔、である。
 そこに、森高と同期の田村隆信が合流する。田村もまた、笑っている。よく見れば、森高も笑顔ではないか。さらには、松井も笑顔でその輪に加わった。いったい何がそんなに楽しいのかはよくわからないが、充満する笑顔を見ているこちらも楽しくなってくるというものだ。
 その様子から目を離すと、すぐに爆笑の渦が耳に届いてきた。再び整備室を振り返ると、笑顔の輪に金子が加わっていた。そして、“とどめの一撃”たる一言を発して、爆笑を巻き起こしたようだった。やっぱり金子は最高だ。

2007_1113_0268  ともあれ、ベテランの立ち居振る舞いには、唸らせられることは多い。控室から出走待機室まで、ゆったりと歩を進めていた大嶋一也。その速度は、子供にもマクられるのでは思うほどだった。だが、もちろんただ遅いわけではない。すべるように滑らかでありながら、一歩一歩に頭の中で思い描いた戦略や思考を叩きつけているかのような力強い歩様。優雅と言ってもいいし、哲学的と言っても当たっているように思う。その合間合間に、首を回すなどのストレッチ運動をして、身体をほぐしてもいる。顔つきは、思索にふけっているのは間違いないが、眉間などにシワはいっさい寄っていない穏やかさ。あたかも、釈迦如来のごとし、である。
 同期の西島義則は、BOATBoy12月号のインタビューで「ベテランと言われるのはピンと来ない」と語っていた。大嶋も、名人の称号を手に入れていても、自分をベテランなどとは意識していないと思う。だが、ベテランを「キャリアの重みを若者に思い知らせることのできる、強大な人間力」の尊称だとするならば、やはり彼らの姿にはそうした形容詞がふさわしい。今日の大嶋には、たとえ本人が首を捻ったとしても、「尊敬すべきベテラン」と言うしかないのだ。明日の準優は12R3号艇。4人が80期台というもっとも若い番組に入った。まさしく、ベテランの味を誇示するべきレースとなる。
2007_1113_0168   大嶋が出走待機室に足を踏み入れるほんの少し前、若者たちがその付近で笑い合っていた。11R発売中まで、試運転を続けていた我らがテツこと山崎哲司。いちばん最後まで水面を駆け回っていたのは、彼だ。今日の午前中のテツは、少し泣きが入っていた。「モーターボートって難しいなあ。この前までフィーバーしていたペラが、ちっとも噴いてくれない。あぁ、今節はしんどいなあ……」、そんな弱音まで吐露していた。でも、そんなのは本音の本音ではない。テツはまだまだ、あがくつもりだったのだ。そうでなければ、遅い時間まで身体と頭脳を酷使するはずがない。試運転から上がってきたテツを、吉田拡郎が出迎える。遅れて、西川新太郎も駆けつける。エンジン吊りを手伝う彼らに、テツは「いやあ、仕上がった、仕上がった」と言って、大笑いした。新太郎もカクローも、ガハハと笑う。実際は、まだまだ手応えを得たわけでもないようで、モーターを格納したテツはやっぱり「いやあ、難しい」と言い残して、ペラ室に向かっている。何より、本当に仕上がったのなら「仕上がった」という言葉は力強く一度だけ、のはずである。それでも肩を落とさずに笑ってみせたテツに、レーサーらしい気持ちの強さを見出さずにはいられない。たしかに苦戦している今節だが、あと2日、意地を見せてくれると信じたい。2007_1113_0299 あ、そうそう。テツと別れてから、西川新太郎は中島孝平とかなり長い時間、立ち話をしていた。真剣な顔つきから察するに、今日のレースの反省会と情報交換だったようである。それも仕事のうちではありながら、すでに明日を見据えている二人に頼もしさを感じた。ともに準優に駒を進めることはかなわなかったが、敗者戦でも勝負を捨てることなどありえない二人なのである。

2007_1112_0604  勝負駆けが終わって、今節におけるそれぞれの“進路”が着々と決まっていった午後。意外というべきなのか、それとも必然と言うべきなのか、笑顔をたくさん見かけたピットであった。そんななかで一人、落胆した表情を見せていた山本浩次も印象的ではあった。地元GⅠでエース機を引きながら、勝負駆けはまさかの転覆。今節2度目の転覆に、常に淡々としたポーカーフェイスの山本が、露骨に悔恨をにじませて、溜め息が聞こえてくるような苦笑いを見せていたのだから、驚いた。笑顔とは正反対の性質をもつ「笑い」もある。「笑い」の中にも天国と地獄が見える、これもまた、勝負駆けの真実。今日のピットはたしかに笑顔に満ちていたけれども、そこが残酷なまでの真剣勝負の場であることには、いささかも変わりはなかったのである。(PHOTO/中尾茂幸 TEXT/黒須田守)


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