この特集について
ボートレース特集 > ふたつの勝負駆け――4日目、前半のピット
この特集では田中工業「黒須田守」をはじめとした5名のライターから競艇にまつわるさまざまなレポートをお届けします。
ライタープロフィール
カテゴリー
関連リンク
競艇サポーターズ
関連書籍

 ボートレース特集

ふたつの勝負駆け――4日目、前半のピット

2007_1109__0668 「しばらく競艇界から足洗いますから~」
 ペラの翼面に光をかざしてチェックしていた菊地孝平が、ペラの先に見たことのある巨体を発見し、悪戯っぽくそう言った。もしかしたら、デヴが光をさえぎっていたのかもしれない。「あれ、今日はどうしたんですか?」と意外なところで意外なヤツを見たといううふうに笑ったあと、菊地は冒頭の言葉を口にして、さらにニッカリと笑う。早く帰ってきてくださいね~、はいもちろん~、などと軽口を飛ばし合って、菊地はペラを手に自艇へと向かった。このあと長いF休みに入る菊地は、今節が今年最後の一戦。冒頭の言葉は、ようするにそんな意味。今日は準優へ1着勝負、レースから遠ざかる前のGⅠを飾るためには高いハードルが目の前にあるわけだが、菊地からは気負いのようなものは感じられない。
2007_1110_0337  その菊地に三嶌誠司が声をかけた。2、3言葉を交わすと、「ハハハハ」。三嶌もまた、勝負駆けのピリピリした雰囲気は感じさせない。三嶌の勝負駆けは、目前の準優ピット争いだけではない。賞金王12ピットの勝負駆けも、三嶌は背負って児島にいる。ただし、それが三嶌の手足をガチガチに縛ることはない。三嶌の表情をパキパキにこわばらせることもない。ハツラツとした足取りは、この局面をむしろ楽しんでいるかのようでもある。少なくとも、今日の勝負駆けを取りこぼすことはないような気がしてきた。

2007_1110_0409  一方、表情に厳しさが貼り付いているのは、原田幸哉だ。昨日の12Rで転覆の憂き目にあった幸哉は、朝から大整備。水に浸かったエンジン、朝の試運転などで異常が発見されたのだろうか。整備士さんもほぼ総出で、幸哉を心配そうに見守っていた。レースがピットアウトし、進入争いが始まっても、幸哉はひたすらエンジンと向き合っている。そして、実況が「スタート○秒前」と宣言したあたりで、我に返ったようにモニターの前に走る。レースの大勢が見えると、またエンジンのもとへ。その間、幸哉の顔には、一瞬たりとも笑みが浮かぶことはなかった。
 3R、金子良昭が1着。ピットに帰還した彼のもとに、東海勢が集結する。声を張って、レースを振り返る金子に、弟子の菊地らの顔が緩む。金子も、口元が緩む。と、金子がいきなり、隣に立っていた男の尻をパーンと叩いた。振り向いたその男に、金子が言葉をかける。すると、その男の頬がふっと緩んで、笑顔になった。原田幸哉だ。幸哉が笑って、金子がまた言葉をかけて、うんうんとうなずく。金子は、幸哉の表情が気になっていたのだろうか。そして幸哉は、金子の気遣いに心をほぐすことができただろうか。 
2007_1109__0523   その3Rで、金子を追い詰めたのが田村隆信である。3周1マークでは、あわや逆転のターンも見せている。同期の森高一真や三嶌らが「惜しかったな」とでもいうような笑顔で、ピットに戻ってきた田村にもとに集まった。田村はヘルメットをかぶったまま。しかし、その奥には穏やかな瞳がたしかにあったように思えた。やはりヘルメットをかぶったまま、更衣室へと歩を進めていく田村に、金子のエンジン吊りを終えた菊地が、言葉をかけた。遠目だったこともあり菊地が何と言ったのか、そしてヘルメットの下で田村が何と返したのかはまるでわからない。ただ、田村の返答のあとに菊地は「おおっ。ヒューヒュー」と言って、ニッコリと笑っていた。ヘルメットの下で田村はどんな表情だったか……はおおよそ想像がつくというものだ。
2007_1110_0503  エンジン吊りが終わって、ふと装着場内を眺めていると、いちばん奥で山本浩次が作業をしていた。前検のピット記事には、笑顔だった彼の様子が記されている。エース機を引いた気分の良さがストレートに表われていた。シリーズを牽引していくはずだった。しかし、初日に転覆を喫し、今日はまさかの勝負駆け。もちろん、それでも淡々としているのが、この男のすごいところではある。周囲には誰もいない場所で、黙々と作業をこなす。静かに燃やす闘志が、淡々とした彼の胸の内には燃えている、ということなのか。
2007_1109__0343  次の瞬間、寺田祥が僕の横を通り過ぎた。一瞬の出来事だったから、挨拶をするヒマもなく、コンマ何秒の間、表情を見る(というより、見かける)ことしかできなかったが、この男、以前よりも透明感が増しているな、と思った。近況の好調ぶりが、そうさせているのか。それとも一皮むけたということなのか。昨日の12Rではエンストで大量失格の一人となってしまっているが、今日のテラショーは少なくとも幸哉とは対照的な表情に見えた。また、同じ山口で、同世代で、そして賞金ランクでほぼ同じ位置にいる白井英治とも対照的であった(予選落ちが決まってしまった白井の表情は、こちらが悲しくなるくらい冴えなかった)。

 三嶌誠司、11位。原田幸哉、14位。田村隆信、15位。山本浩次、17位。寺田祥、19位。白井英治、21位。そうそう、もう一人。いつもと変わらぬナーバスでナイーブな雰囲気を醸し出していた吉田弘文、12位。賞金王勝負駆けを戦う男たちの、競艇キングカップ勝負駆け。おそらく彼らは、今日この瞬間に賞金王勝負駆けを強く意識はしていない。そんな先のことより、目の前の戦いを勝ち抜くことだけを欲しているはずである。しかし、意識の下でうごめく賞金王への思いというものが必ずある。そしてそれが、今日の勝負駆けに影を落とすことももちろんある。目が離せない一日。競艇キングカップ4日目、だ――。(PHOTO/中尾茂幸 TEXT/黒須田守)


| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
コメント