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ボートレース特集 > 気合は、時に宙に浮く――5日目、後半のピット
この特集では田中工業「黒須田守」をはじめとした5名のライターから競艇にまつわるさまざまなレポートをお届けします。
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 ボートレース特集

気合は、時に宙に浮く――5日目、後半のピット

12R 不条理な終戦

 11Rを戦い終えた選手たちを出迎えようとボートリフトに集まった選手たちの一部が、何かを叫び始めた。その声を聞いて、一斉に水面に目をやる選手たち。僕が立っていた場所からは水面の様子が見えにくいのだが、12Rのスタート展示で異変が起こったのは間違いないようだった。
2007_1114_12r_0013  次の瞬間、白いカポックがブルルンと唸りをあげて、ピットのほうに走り出すのが見えた。ん? 1号艇はダッシュなのか? いや、艇を引いたのは白だけだったし、しかも1号艇は明らかにピットに向かって走ってきている。近づいてきた白いカポックに、松井繁と仲口博崇がエンジン吊りの輪から離れて、「まだ間に合う!」「早く!」と声を飛ばした。??? いったい何が起こったというのだ。
2007_1114_12r_0016  児島のボートリフトは3艇しか揚降ことができず、レース後には4~6着艇は1~3着艇が揚げられるのを水面で待たねばならない。11Rの1~3着艇がピットに引き揚げられ、次にリフトが下がったとき、松井や仲口の指示によって、リフトに乗せられたのは12Rの1号艇。なんと、その白いカポック――寺田祥は、まだスタート展示の最中だというのに、ピットに戻ってきてしまったのだった。
 引き揚げられた寺田の艇を選手たちが大急ぎで取り囲み、レース後に行なわれるのと同じように、ボート内の水を吸出し始めた。僕は、その時点でもまだ、何が起こったのかは掴めていない。ただ、選手たちの慌てぶりにドギマギとしていただけだ。
 ふと、ボートの右サイドに集まった選手たちが、艇の底を覗き込んでいることに気づいた。僕も選手の背中越しに覗く。見えない。選手と選手の隙間を探す。見えない。背伸びをする。……見えた。ハッキリと見えた。ボートの底というよりは右サイドにボッカリと開いた、直径5cmほどの穴を……。
 よく見るとその穴はかなり深そうで、穴の周囲のヒビ割れぶりが相当に激しい艇と艇との接触を物語っている。つまり、そこから浸水したのだ。松井らが「まだ間に合う!」と言っていたのは、「今すぐピットに戻れば、沈没を免れられる」というほどの意味だったのだろう。寺田の緊急事態に素早く反応し、的確な指示を送っていた松井の行動力と深い思慮には、さすがの王者と言うしかない。
2007_1113_0430  それよりも、問題はここからだ。寺田はどうなってしまうのか。
 ボートとともに陸に上がった寺田は、ヘルメットをかぶったまま、もちろん白いカポックをつけたまま、吸水作業の輪に加わっている。支部も地区も越えて、手の空いていた仲間たちが寺田をヘルプし、また心配そうにボートの穴を確認している。その頃すでに展示航走は周回展示に移っていて、寺田ヌキの5艇でレース前の一連の流れをこなしていた。
 欠場――。
 全員の脳裏に、その言葉が浮かんでいたと思う。考えたくはない。しかし、この流れの中ではそうなるのが競艇のルールではなかったか。誰もが欠場の2文字を打ち消したいと考えたのは、間違いなく、寺田こそが節イチだと認めていたからだろう。12Rの大本命であり、もし下馬評通りに準優をクリアすれば優勝戦でも同様であろうと予想される寺田が、戦わずして離脱を余儀なくされるという不条理は、選手の立場からすればもっとも否定したいものだろうし、外野から見てもツラすぎることだ。もし、レースで敗れたのなら「惜しかったな」「どうしたんだ?」と声をかければよい。しかし、戦うことを許されずに終戦を迎えなければならないのは、寺田にとってはもっとも残酷な宣告である。
2007_1113_0144 「ボート交換して出るのは、ダメなの?」
 検査員にそう言ったのは、またしても松井繁だった。彼は、何としても寺田に戦いの場を与えてやりたかったのだろう。だが……検査員は首を横に振った。やはり、ルールからすれば、これは欠場となるケースなのか……。松井の表情が一気に暗くなった。松井の願いを否定した検査員も、首を振りながらツラそうに顔をしかめた。
 選手班長の小畑実成が駆けつける。「どうした? 穴、か?」。選手たちが一斉にうなずく。小畑の顔も、渋面となる。その場にいた全員が――もしかしたらルールにのっとって欠場の断を下すことになる競技部や審判部の方たちでさえ――なんとかして寺田を出走させられないものかと願っていたに違いない。
 いつの間にか、寺田はヘルメットを脱いでいた。そして、言葉を発することもなく、ボートを見下ろしている。誰かが「この穴は走っている最中には、問題はない。でも、走る前に水が入ってきてしまう」と言った。ピットに繋がれた状態でも、待機行動の最中にも、浸水するのなら、レースに出走はかなわない……。もうあとは、欠場の断が下されるのみなのか……。
 いったいいつ、寺田に欠場が言い渡されたのかはわからなかった。もちろん、僕が見逃したのは確かなのだが、同時に寺田のボートの周りにいた選手たちの誰もが「なんとかならないのか……」という雰囲気を消さなかったのもまた確かなことだった。全員が、その不条理を受け入れられずにいたのだ。
2007_1113_0359  おそらく、最初に受け入れたのは寺田自身だった。ボートを囲む仲間たちに正対した寺田は、意を決したかのように、ひときわ大きな声で言ったのだった。
「ありがとうございました!」
 それは、レース後のエンジン吊りを手伝う仲間たちに送る挨拶と同じものだった。つまり、寺田の戦いはそこで終わったのだということを意味していた。寺田は、顔をひきつらせながらも懸命に平常を保とうとして、しかしだからこそ声には哀愁をたっぷり含んで、自らの戦いに終止符を打つ合図を出したのだった。この事態を打開するすべのない仲間たちは、絶句するよりほかなかった。むしろ、寺田のほうが気丈であろうとしているように思えた。仲間たちに、寺田はほんの少しだけ口元を緩めて、一度うなずいてみせる。そして、決然と踵を返して、控室へと歩き出した。それ以上、振り返ることもなく。仲間たちはさらにかける言葉を見つけられず、哀しく寺田の後姿を見送るしかなかった……。

 12R発走まで、あと数分。モーターの格納を終えた寺田はすでに切り替えていたのか、意外にも昨日までに見せていた透明感のある表情に戻っていた。手を洗い、控室に戻ろうとしたそのとき、出走を控えて待機室に向かう田中信一郎と顔を合わせた。寺田のすぐ右、すなわちひとつ外の枠に入っていたのが信一郎である。自分が寺田を欠場に追い込んだかもしれないと思っていたのか、信一郎は寺田に開口一番「ごめん」と言った。
2007_1113_0053  寺田は、即座に信一郎の謝意を打ち消している。そして、釈然としない信一郎に、両手をボートに見立てて、状況を説明し始めた。小声で話していたために内容までは聞こえてこなかったが、信一郎さんのせいじゃありませんよ、寺田がそんな説明をしていたのは、信一郎の表情からも明らかだった。つまり、信一郎は何かを決意したかのように、目の力にみるみる強さを宿していったのだ。話が終わり、信一郎は再び待機室に向かって歩き出す。しかし、寺田は去らなかった。信一郎が10mほど進んだとき、その背中に向かって寺田は言った。
「頑張ってください!」
 信一郎は振り向いて、寺田に向かって力強くうなずいた。それを見た寺田は、切れ長の目をそっと緩めて、微笑を浮かべていた。まるで、自分の思いを信一郎に託すことができたことを喜んでいるかのように……。
 数分後。本来なら寺田が死守したかったであろうインコースには、信一郎がどっかりと座っていた。

11R 前を向く若者
2007_1113_0238  吉田拡郎にとって、GⅠの準優勝戦は初めて体験するものだった。しかも、地元のGⅠ。緊張していて当たり前、自分を見失ったとしても誰が責められよう。展示から戻ってきて、控室に向かう際にずっと視線を下に落としていたカクローを見ながら、僕は「仕方ないよな……」などと思っていたのだった。やや遠目だったこともあり、うつむいているようにすら見えたからだ。
 だが、それは明らかに僕の見立て違いなのであった。集合合図がかかり、待機室に向かうカクローは、今度は真っ直ぐに前を見据えて歩を進めていたのだ。つまり、展示後の姿は、思索を巡らせていたか、抑え切れない気合をほとばしらせていたかのどちらかだったということだろう。前を向くカクローは、澄み切った表情で待機室へと入っていく。戦士としての理想的な戦前を見たように思った。
 青いカポックを着込んだカクローは、出走合図がかかるまでのわずかな時間に、いちど装着場へと出てきている。水面が見える位置で、カクローはおもむろにストレッチを始めた。目は水面のほうに真っ直ぐ向けられたまま、アキレス腱を伸ばしたり、身体をひねるような仕草をしている。
 おそらくこれは、文字通りのストレッチではあるまい。本気で身体をほぐそうとするなら、もっと強く身体をひねるだろうし、もっと深く腰を落としてアキレス腱を伸ばすはずだ。レース前にストレッチをしている選手は珍しくないが、誰もが入念に力強く身体を動かしている。しかしカクローのそれは、あえて悪い言葉を使えば、ストレッチらしきことをしているようにしか見えない。つまりこれは、ストレッチの効果を欲しているのではなく、レース前にメンタルを作り上げるのに必要な動きだったということだ。だからたぶん、キリッと前を見ている瞳には、水面も映っていなかったに違いない。
 もちろん、そうした一連の様子が、結果に直結したというわけではない。だが、こうして初めて迎えた一世一代の勝負に、怯むことなく立ち向かうことができたからこそ、結果が出たのだということは言えるはずだ。GⅠ初優出、おめでとう。前を向く若者には、明日の大一番でも同じ姿を期待させてもらおう。
 カクローの快挙には、岡山勢が沸きに沸いていた。立間充宏が森秋光に「やったな!」と大声で話しかけながらエンジン吊りに向かったのが、カクローへの祝福を象徴していたシーンだろう。その後、先述のテラショーの一件があったため、岡山勢も意識はそちらに向いていたようだったが、すべてが終わったあとは、自然とカクローを取り囲んでいった先輩たちの姿があった。誰の顔も大仕事を成し遂げた後輩を誇るかのように笑っており、森秋光などは小刻みに肩をカクローの背中にぶつけるタックルを10回以上も繰り返していた。ちょっとかわいかった。

10R 気合とは何だ
2007_1113_0304  原田幸哉が特別な気合で、今節に臨んでいる――その見立ては決して間違っていたとは思わない。準優10R直前、やはりもっとも闘志を見せていたのは、確実に幸哉だったと言い切れる。しかし……。
 幸哉は、5着に沈んだ。誰よりも荒ぶる魂で水面に飛び出していった幸哉が、敗れ去ったのだ。カクローの項でも書いたとおり、気合と結果は直結はしない。勝負においては、当たり前のことだ。だが、時に気合は眠っている潜在能力を引き出したり、120%のパワーを出させたりすることもあるのもまた事実であろう。今節の幸哉には、そうした類いの気合を感じていたからこそ、レース後にはた目にもわかるほどに肩を落とす幸哉が悲しかった。
2007_1113_0622  一方、予選や場合によっては敗者戦とも変わりない雰囲気に見えたのが、川﨑智幸だった。地元のエースとして、優出を強く願っていないわけがない。だというのに、川﨑はいたって平常心を保っているようにしか見えなかったのだから、感心感嘆させられると同時に、幸哉のような強い気合に押されてしまうのではないかとさえ思えたものだ。
 だが、勝ったのは川﨑なのだ。そして、川﨑の胸の内には、表には見えづらいけれども、幸哉にも負けないくらいの気合があったと思うしかない。
 スタートタイミング、コンマ04。かなり放ってはいたようだが、だからこそ川﨑に踏み込む決意が最初からあったということにはならないか。気合とは何だ。表に出る出ないの差は何なのか。そんなことを思ったりした。
 11Rの展示から戻ってきた金子良昭が、掲示された10Rのスリット写真を覗き込んだとき、ちょうど目の前に川﨑がいた。金子は、からかうように川﨑に声をかけた。川﨑の顔が悪戯が見つかった子供のように弾ける。
「行っちゃった!」
「カカカカカカ! 行っちゃったね! あんたは行っちゃったよ! まいりました!」
 不惑を超えた男二人が、見つかったはずの悪戯を誇らしげに語り合うように、大笑いしていた(金子は12R後、2着で準優突破の森高一真とも同じようなシーンを見せて「カカカカカ! まいりました!」と大笑いしていた。金子さん、最高っす!)。気合とは何だ。二人の爆笑を見ながら、僕はまたよくわからなくなるのだった。(PHOTO/中尾茂幸 TEXT/黒須田守)


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あなたの競艇への思い 【オレンジパイ】
競艇の好きな所は夫が以前サーフィンをやっていたこともあり こういったスピード競技が好きになったんです 水の上を猛スピードで駆け抜ける爽快感は見ていて 気持ちいいですね〜 あとエンジン音もすかっとします♪ わ... 続きを読む
受信: 2007/11/14 23:24:35
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受信: 2007/11/15 4:46:05
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