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この特集では田中工業「黒須田守」をはじめとした5名のライターから競艇にまつわるさまざまなレポートをお届けします。
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もう戦いは始まっている――5日目、前半のピット

 初日は慌しく、以降は日を追うごとに空気が落ち着いていく――午前中のピットは、おおむねそんなフォーマットにのっとっている。これは、SGだろうとGⅠだろうと、そうそう変化はない。この競艇キングカップも同様。ということは、これが初めての児島ピットとはいえ、光景自体は見慣れたものということになる。
 今節はすでに5名の帰郷者が出たとはいえ、それでもまだ40数名が戦い続けているピット。準優勝戦に進出するのは18名という“少数派”であるから、必然的に一般戦組を見かけることのほうが圧倒的に多いのだが(特に午前中は、レースを目前に控えている彼らのほうが断然、作業をしている)、それでも準優組を目で追ってしまうのはやはり、5日目の必然というもの。レースまで時間はたっぷりあるとはいえ、すでに勝負の時間帯に突入しているからだ。

◆10R組◆
2007_1112_0568  一昨年のSGでは、よく見たような気がする。1号艇・一宮稔弘と林美憲の組み合わせだ。今朝、もっとも多く見かけたコンビは、懐かしさも感じるこの二人だった。2Rの展示を終えた林が(つまりはレースを直後に控えた林が)、装着場で作業する一宮に歩み寄っている場面もあったのだから、目につくのも当然。そして、そんなときの二人は、常に微笑を浮かべて会話を交わしている。それを狙ってかどうかはわからないが、結果として林の存在は一宮のプレッシャーをずいぶんと軽くしているようだ。3R後には、その二人に濱村芳宏が合流している場面もあって、一宮はやはり相好を崩していた。少なくとも現時点では、一宮はいい時間を過ごしている。
 一方、まったく笑顔を見せないのが、2号艇・原田幸哉だ。昨日も一昨日も漂わせていた気合は、準優を迎える今日もまるで削がれることがない。今朝ピットに足を踏み入れて、最初に顔を合わせたのが彼だったのだが、いつものように礼儀正しく会釈をくれながら、その表情が緩むことはコンマ01秒もなかった。同時に、アシの仕上がりに不安もないのだろう、3R直前までボートの後部は空のまま。そんな時間帯までモーターを装着もしていなかったのだ。余裕という表現は適当ではないが、切羽詰った様子は少しもない。そんななかで闘志を保っているのだから、幸哉はすでに臨戦態勢を整えているということだろう。
2007_1112_0357  同様の顔色を見せているのは、5号艇・三嶌誠司である。勝負どころの三嶌は、まるで苦悩に苛まれているかのように見えるほど、視線を落として歩いていたりする。もちろん、機力に納得していなければ、さらなる調整に苦悩していることもあるだろうし、同時に実際は苦悩というよりは頭脳をフルに回転させているという言い方が正しいはずだ。ただ言えるのは、普段は明るく爽やかな三嶌が、別の仮面をかぶったかのように鋭く厳しい視線を地面に向けることがある。今日はまさに、そんな“勝負モード”の三嶌なのであった。
2007_1112_0160  似たような表情が、勝負どころばかりではなく、節間を通して貫かれているのが、6号艇・吉田弘文だ。ややナーバスになっているようにも見える顔つきは、時として挨拶を向けることすらためらわれせたりする。キッと唇を結んだまま、自艇のもとに歩み寄った2R前の吉田は、モーターの本体を取り外すと、整備室に運んで調整を始めた。確認できた限り、準優組で本体に手をつけていたのは彼だけだ。もちろん、その間も厳しい顔つきに変化はない。
 そんななかで、3号艇・烏野賢太と4号艇・川﨑智幸の60期コンビが見せる自然体ぶりは、逆に感心させられたりする。山ほどの修羅場をくぐってきた彼らだからこそ、準優の日の過ごし方を知っている、ということか。烏野の足取りは軽く、川﨑の身のこなしもまた軽やか。ただ、ここが地元である分、川﨑の表情にいつも以上の鋭さがあるようには思えた。平常心を崩すものではないけれども、川﨑には胸の内の真っ赤な炎をほんの少しだけ感じずにはいられなかったのだ。

◆11R組◆
2007_1112_0143  4号艇・吉田拡郎は、地元の最若手であり、すなわちこなすべき雑用も多い。昨日もピットを駆け回っているのを目撃しているが、今日は昨日に比べると自分のために費やす時間も増えているようだ。彼の主な居場所はペラ室で、エンジン吊りなどが終わると、早足で飛び込んでいっている。地元からの準優組は、川﨑と彼のみ。周囲の期待を感じていないわけがない。
 たまたまなのだろうが、カクローの隣でペラを叩いていたのが、6号艇・金子良昭だった。昨日の後半は、ここでも記した幸哉や松井繁との絡みが印象的だったが、今朝は選手仲間と絡んでいるところを一回も見なかった。そう、今日の金子は自らを孤独の中に置いているようだった。エンジン吊りに出てきたときも、周りにいる静岡支部の後輩とは言葉を交わしている様子はなかった。
2007_1112_0205  2号艇・田村隆信は、なぜか宅急便の用紙を手にしていたのを見かけている。明日のための手配を、今日のうちにやろうとしている? だとするなら、余裕がある。もちろん、レースの準備も懸命にしていて、かなり長い時間をかけてモーターの取り付けをチェックしていたりもした。その顔つきには焦燥感のようなものは皆無ではあったが。
  あまり大きな動きを見せていなかったのが、3号艇・馬袋義則と5号艇・大庭元明。そして、もっとも闘志を感じさせたのが、1号艇・前本泰和である。前本は、どちらかといえば、静かに燃えるタイプだと思う。ダービーでもそうだったし、今節も昨日一昨日の2日間しか見てはいないが、表情は穏やかさを保っていることが多い。今日だって、決して厳しい顔つきだというわけではないが、しかし目元と口元の引き締まり方がわずかに強くなっているように見受けられるのである。手に入れた準優1号艇は、念願であるGⅠ制覇への近道でもある。ただし、その道を走るためには、クリアしなければならないものも多い。そんな局面を意識しながら、前本は普段よりも少しばかり多めに、気合を心に注入しているのかもしれない。

◆12R組◆
2007_1112_0283  1号艇・寺田祥は、少しばかり硬くなっているのではないだろうか……そんな勘繰りをしてしまった。節イチといっていい彼のアシ、もはや急いで手をつけなければならないことはないはずで、実際に作業らしい作業をしている姿は見ていない。だが、エンジン吊りに出てきたときに見る彼の顔つきには、昨日感じたような透明感が薄くなっているように思えるのである。硬くなっても不思議のない局面ではある。賞金王戦線のことを考えればなおさらこのチャンスはモノにしておきたいし、そう思えば思うほど、プレッシャーは大きくなる。それに負けているとは思わないが、少しばかり意識してしまっているかのように、テラショーの顔色には冴えがない。もちろん、これから準優までの時間を使って、メンタルのほうも仕上げていくのではあろうが。
 テラショーを見ていると、やはり3号艇・大嶋一也の余裕には唸らされる。枠番も、賞金ランクも、プレッシャーを感じなければならない要素はテラショーに比べてかなり少ないけれども、準優の日の過ごし方を知り尽くしたかのような淡々とした振る舞いには、年輪を感じずにはいられないのだ。そして、ピットにいた間、ついに一度も姿を見かけなかった2号艇・田中信一郎にも同じことを感じる。もしかしたらペラ室や整備室の死角にいたりしたのかもしれないが、そうした作業以上に彼が作り上げようとしているものが、取材をしている僕にとっての“完全なる死角”にあるように思えてならないのだ。少なくとも、もっとも不気味なのは信一郎で間違いないだろう。
 5号艇・赤岩善生は、今日の一発目の記事をそのままここに書き写せば、前半のピットでの彼の動きとなる。そう、赤岩は昨日見かけた「整備室でのペラ調整」を今日もひたすら続けていた。おそらく、彼は調整の方向性を掴み切って、それを極限まで突き詰めている。装着場から覗くと、赤岩の背中しか見えず、表情は確認できないが、その背中が妙に頼もしく見えたのは錯覚ではあるまい。
2007_1112_0334  このレースには、たまたま僕によく声をかけてくれる選手が2人いる。ひとりは4号艇・菊地孝平。今日の彼は、完全に“思索モード”に入っていて、装着場内を歩きながら哲学者になっている。そんななか、ふと僕を見つけると、ニッコリと笑って、いつものように挨拶をしてくれる。だが、次の瞬間には表情が哲学者に戻る。挨拶以外に、交わす言葉はない。聡明な彼のコンピュータが猛烈な勢いで働いていることの証明だ。菊地孝平が大一番で見せる、思索モード。彼は早くも、その境地に足を踏み入れている。
2007_1112_0324  もう一人は6号艇・森高一真。去年のSGでは、さんざん僕をからかって面白がっていた森高は、しかし勝負がかかった場面では別人になる。3R前に顔を合わせて挨拶をすると、森高は一瞬だけ頬を緩めて、すぐにキッと僕を睨んだ。「クロちゃん、久しぶりやな」。本当は、久しぶりではない。先日、宮島でほんの少し顔を合わせているのだ。だが、森高はあえてそう言ったのだと思う。そして次の瞬間、森高は左手で僕の右肩を思いっ切りバッチーンと叩いた。ピット内に音が響き渡るくらいに、痛みが数分抜けないくらいに、強く。森高は、大げさに吹っ飛ぶフリをした僕を見て、ニヤッと笑って踵を返した。控室へと向かう森高の背中に、僕は「準優、頑張ってくださいよ!」と声をかけた。しかし、森高は振り返ることなく、歩き去っていったのだった。(PHOTO/中尾茂幸 TEXT/黒須田守)


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