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この特集では田中工業「黒須田守」をはじめとした5名のライターから競艇にまつわるさまざまなレポートをお届けします。
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「心」の闘い――決定戦トライアル最終戦後半のピット

1img_1588  「心」の面において、その状態がどうであるかが、今日もっとも気になったのはやはり、湯川浩司と井口佳典だった。
 7R後のピットにおいて、「ペラの森」で井口がペラを叩いているところに湯川がやってきて、隣で作業を始める場面が見かけられたが、互いに声を掛け合うこともしなかった二人の表情は、いつも通りというふうには、とても見えなかった。
 井口の場合、一人でペラを叩いている段階から、ギリギリの表情をしているな、という印象を受けたものだし、湯川の顔つきはそれよりもさらに厳しく、気持ちが張り詰めすぎているようにも見えたのだ。
 屋外にある「ペラの森」で二人が並んで作業をしていたために、多くの報道陣が取り囲んでいたこととも関係あるかもしれない。湯川はペラのほうを見ながら、ぶつぶつ何かを言っているように口を動かしていることがあったほどで、その直後に顔を上げたときには、ニヤリと口を動かしてもみせていた。「笑み」とは表現しにくいその顔を見たときには、湯川のことが心配になったほどだった。
 湯川と井口の二人に共通していえることだが、これが集中力を極限まで高めている状態だったには違いないだろう。しかし、それだけ気を張り詰めつづけていたなら、どこかで緊張の糸が切れたり、その集中力がマイナスに作用してしまいかねないはずである。

2img_1922  そうした意味でいえば、見事なまくり差しによって11Rを勝利した井口は本当に凄い男だと思う。
 レース後の共同会見では、「ガチガチにはならずに自分のスタイルを貫き通そうと考えていたし、それができている」とも話していたが、もともと日常的にテンションを高いところに持ってきている井口は、「自分のスタイル」と「行きすぎのテンション」のギリギリのところで、こんな走りを続けられているのだろうと個人的には受け止めている。
 だからこそ、井口は凄いのだ。
 レース後にしても、喜びを爆発させるような感じは少しもなかった。原田幸哉に「おめでとう」と言われたあとに、ギャクか何かを言われたのか、顔をくしゃくしゃにして笑っていた場面は確認しているが、その後も井口は、基本的には落ち着いた表情をしていたものだった。
 その後の共同会見において、前検時の会見と同じように「言わせたいわけじゃないんですけど……」という“誘導尋問”を受けたときにも(←要するに「スタート、ぶち込みます!」というセリフを口にさせたかったということ)、笑いながら「的確なスタートで全速で行きたいと思います」と答えていた。この発言は、いつもの決め台詞をリップサービスするよりも、よほど気が利いたものだったといえるはずだ。

3img_1919  このレースで2着に来たのは服部幸男だったが(午後の服部もやはり、ペラ中心の作業を続けていた)、ここでは3着に入った魚谷智之が、ファイナル進出を決めている。
 魚谷自身、この結果には納得できていたのか、笑っている顔も確認できている。
その後に行なわれた共同会見で、インタビュアーが「残念なお知らせがありますという状態から始まって、ファイナル進出を決めました」と切り出すと(←前検時の会見では、魚谷が自分から「残念なお知らせがあります」と言って、「(足は)まったく出ていません!」と言葉を続けていたのだ)、魚谷は表情を崩して「自分をホメてやりたいですね」と答えていたのだ。
 言われてみれば、確かにそうである。
「この1年間でコツコツ積み上げてきたことが自信になりました」とも言っていた魚谷は、「外のレースは、何かをやれるんじゃないかと楽しみにしています」とも発言している。
 12レースの結果を受けて、魚谷はファイナル4号艇に決まったが、決して軽視はできない存在であるはずだ。

 11Rが終わったあとに、田中信一郎はボートリフトで引き上げてくる段階から笑っていたが、これはある意味、笑うしかないという気持ちの表現だったのではないかとも考えられる。
 カポックを脱いだあとにも笑っていたが、その表情はとても微妙で、サバサバしているようにも、涙をこらえているようにも見えたのだ。
 そして……。井口と魚谷の会見後にピットに戻ると、田中がペラの森での作業を再開していたことにも驚かされたものだった。
 この時点で田中は、わずかな可能性を残していたとはいっても、ファイナル進出はほぼ絶望的な立場にあったのだ。実際に、結局、ファイナル進出は逃しているが、この作業は、わずかな可能性を考えてのものであると同時に、ファイナル進出を逃したとしても、明日のレースのためにもできるだけの足はつくっておきたいという考えもあったからなのだろう。「今シリーズではやはり、減音ペラの課題が出ました」というコメントも出していたことから考えれば、来年からの闘いを見据えた作業だったともいえるはずだ。
 そんな田中はやはり、男惚れさせられるような格好いい男なのである。

4yoshikawa  12Rは「6コースまくり」のものすごいレースをやってのけた吉川元浩が勝利して、ファイナル1号艇をもぎ取った!
 レース後、すぐに鎌田義にからかわれていたようだったので、吉川も素直に笑っていた。その後、しばらく経ったあとには、ニッコニッコ顔の魚谷の祝福も受けていたので、吉川の表情も、おのずと喜びに満ちたものになっていた。
 吉川の場合、今日一日、それほど目立つようなことはなく、マイペースの作業をできていたのだから、これは「吉川流・普段着スタイル」だったといえるはずだ。そしてそれは、決定戦を闘う選手としては理想の状態になっているものとも見ていいはずだ。
 TVインタビューでも共同会見でも、明日は「緊張するかもしれない」と素直に認めていながら、会見においては「無理やり落ち着かせようと思っても無理でしょうから、逆にそれを楽しみたい」とストレートに話していたのも吉川らしい。
「どれだけ深くなってもインから行きたい」とも話していたが、僚友の魚谷ではなく自分が主役になるチャンスを掴んだのだ。
 職人・吉川のことは、心から応援したい。

5img_1694  12Rのレースで3着となった湯川は、明日は1号艇ではなく3号艇に乗ることになっている。このレースの性質を考えた場合、ここで逃げ切れなかったのはプレッシャーの影響によるものだったとは言い切りにくいが、精神的な面ではギリギリの状態で闘っていたのは確かだと思う。
 レース後の共同会見においては、プレシャーは「いつもといっしょくらい」で、メンタル面も「ええ感じ」だったと話していたが、それが事実だとは考えにくい。多少の強がりは入っているのかもしれないし、それならそれでまだいいだろう。そうではなく、本当に自分で“いつものええ感じ”でいるものと自覚していたとしたなら、それこそが、心のバランスにズレが起きているためではないかとも勘繰られてしまうのだ(たしかに、いつもの湯川らしい笑顔を爆発させている時間もあったが、それにしてもそのときのシチュエーションによる部分が大きな笑顔だったのだ)。
 ここまで1号艇1着2本で飛ばしてきた湯川が、オール1号艇・オール勝利からの「完全優勝」がなくなったことが、額面どおりのマイナスとなるのか、逆にプラスと出るのか、……。
 そのことを質問をされたときに湯川本人は「(そうなった結果が)いいとは思っていません」と答えていたが、明日の湯川の様子からは、依然として目を離せない。

6img_1774  このレースでは4着の三嶌誠司と5着の松井繁がファイナル進出を決めている。
 三嶌の場合は、昨日と同じように一日を過ごしていたのはプラス要素になっていたはずだ。共同会見においては、自分に「ツキ」が残っていることを何度も強調したうえで、「ここまで来たなら、最後のツキは、一着で飾りたいですね」とも言っていた。
 明日は6号艇での出走となるが、こうして自分を信じていられる精神状態も含めて、怖い存在であるのは間違いない。
 エンジンの良さについても、きっぱりと「すごくいいですね」と断言したうえで、自分で「まだわからんと思いますよ」とまで言っていたのだ。

7img_1880  昨日の服部や今日の田中と同じように、見ているこちらの心がふるえるくらいの闘いぶりを見せてくれたのが松井だった。
 今日の松井は、ペラの森でプロペラ調整をしている時間がかなり長かったが、10Rが始まる直前に待機ピットでボートにペラを着けたときには、「さあ、もうええや」と、小声で呟いていたのが、かすかに聞こえた。
 それでいながら、その言葉を漏らした直後に、10Rのスタートまでにはまだ「わずかな時間」が残されているのを確認すると(締切間際の音楽が流れているのを聴きながら、本番ピットのほうに目をやっていた)、エンジンを少しだけ噴かせて、その状態を確認していたのだ。
 そして、10Rが終わったあとにも、すぐにボートを展示ピットには着けることはなく、待機ピット周辺をしばらく走ってから、展示ピットにボートを着けていた。そのとき吉川も同じような動きをしていたが、松井の場合は、ちょっとした確認とはいえないほど入念に、状態をチェックしながらボートを走らせていたのだ。さらに、展示ピットにボートを着けたあとにも、走ってペラの森へと戻ってプロペラ調整を再開して、しばらくのあいだ、作業を続けていたのだ。
 その様子を見ていても、それが「もうええや」と言ったあとの悪あがきというふうには少しも見えなかったところに松井の凄さがあるわけだ。
 いったんは納得していたとしても、時間に許される限りは、その後に見つかった修正点のようなものを少しでも良くしておきたいと考えたための行動だったのだろう。なにしろ、「タイム・イズ・マネー」は松井の信条なのである。
 ……ただ、そんな松井に関して気になったのは、その後の共同会見において、いつもと比べれば、かなり饒舌になっていたことだった。
 足については「たぶん、ボクがいちばん弱い」と言っていたし(ふだんの松井は、他の選手との足比較はあまりしたがらない面がある)、2日目・3日目と6号艇が続きながらファイナルに進出していることで、ある程度、納得しているようにも見えたのだ。
 もちろん、それはこちらの勝手な印象に過ぎないことだが、艇界の王者・松井には、明日も一日、今日のような姿を見せてほしいと願っている。

 機力や展開など……、いろんな要素が絡み合って結果が出されるのが競艇であるが、ピットで取材をしていると「心の在りかと、その動き」が占める比重も、とてもなく大きいものではないかと思われてくるものだ。いつものSGでももちろんそうだが、賞金王決定戦のピットでは、とくに強くそう感じられるものなのである。
(PHOTO/山田愼二 TEXT/内池久貴)


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