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この特集では田中工業「黒須田守」をはじめとした5名のライターから競艇にまつわるさまざまなレポートをお届けします。
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美しき涙――賞金王決定戦ファイナル後半のピット

1img_2607  午後の時間帯において、まずしびれらせられたのは、やはり松井繁の圧倒的存在感だった。
 ボートを待機ピットに移す時間が近づいていく10R後にも黙々とプロペラ調整を続けていたかと思えば、突然、控室のほうへと駆けていったのだ。その後、また戻ってきたときには山本隆幸と一緒だったので、おそらくは山本を呼びにいったのだろう。
 その後の山本は、松井がペラを調整している横に寄り添うようにしていて、何かのアドバイスをしているようだったのだ。山本は松井の弟子的な存在であるが、山本が掴んでいるペラ調整のポイントのようなものを知ることが、このレースにおけるプラスになるものと判断していたのかもしれない。

2img_2702  その後、待機ピットに戻った松井は、係りの人とどこまでの行動が許されるかを確認したあと、コースを完全に一周してからボートを展示ピットに移している。そこで係りの人に、プロペラなどをどうするかと聞かれて、「……着替えてから考えるわ」と答えると、控室のほうへとまた駆けていったのだ。
 松井が待機ピットに戻ってきたときには、すでに締切が近づいていることを示す音楽がピット内にも流れてきていたが、それでも松井はもう一度、モーターを噴かして回転数を確かめていた。その後にようやく松井は、係りの人に言ったのだ。
「変えるわ」
 松井がペラ交換を決めたのは、そう言った3時38分頃のことだったのだ。これまでピットを取材していたなかでも、一番といっていいくらい心が震えた瞬間だった。
 そんな一連の行動にしても、ドタバタしたものと表現するのは、違うと思う。その後の松井は、顔馴染みのキャスターと話をしながら「ハハハハ」と大声で笑ったりもしていたのだ。そのことからもわかるように、より良い状態でレースを迎えるためにやるだけのことをやり、自分のやったことと決めたことに対しては、充分に納得していたのに違いない。その晴れやかな表情にも驚いたものだが、展示航走のあとにもう一度、その姿を見かけると、今度はぐっと集中している顔になっていた。これだけ、自分の心をしっかりとコントロールできる松井という選手は、本当にもの凄い男だと改めて思ったものだ。

 寺田祥の勝利によって11Rの「順位決定戦」が終わり、ファイナルを待つだけになったピットにおいても、今シリーズを象徴するような場面はいくつか見られていた。

_u4w6819  自分の闘いを終えた選手たちは、同県の選手たちに手伝ってもらいながら、モーター格納をしていくわけだが、個人的にはやはり瓜生正義に目が行った。唯一人の地元選手として決定戦に望みながら、結果としては「転・6・5・3」というかたちで闘いを終えたわけなので、モーター格納をしていた際の表情も少し複雑なようにも見えたものだった。だが、それを済ませて控室に戻っていくときに、装着場でボートの洗浄作業をしている係りのおばさんたちの横を通る際には、「ありがとうございました」と頭を下げていた。そのときの笑顔はとても気持ちがいいものであり、瓜生という選手の人間性がよく伺えたものだった。
 ……また、いよいよ「本番の時」が近づき、吉川元浩が出走選手用の控室に入っていくのを見守っていた鎌田義は、その後にピット内にある「神棚」の前で、パンパンと手を打っていた。
 どうしてそうしていたのかは、わからない。ファイナルには兵庫・大阪の選手が4人出ていたのだから、そのうちのどの選手かが優勝することを願っていたのかもしれないし(だとすれば、吉川の優勝をいちばん強く願っていたことだろう)、レースが無事に終わることを祈っていたのかもしれない。あるいは、今節を通して自分自身がここ福岡競艇場のピットでお世話になったことに対してお礼をしていた可能性もあるだろう。そのいずれの理由だったとしても、本番を目前に控えた時間帯にこんな光景を見れたのは良かったと思う。

 そうして迎えられた聖なる一戦……。

4img_2867  1マークが近づいたとき、「よっしゃ、(そのまま)回れえ!」と叫んだのは鎌田義だった。その1マークでレースを中止した選手が出たことを心配しながらも(1周1マークで井口佳典がエンスト)、吉川が先頭で抜け出し、それに魚谷智之と松井繁が続いている並びを確認すると(結果的には松井が2着で、魚谷が3着)、鎌田はもう一度、「よっしゃあ~」と叫んでいる。
 そう、賞金王決定戦を制したのは、吉川元浩だったのである。
 レース後、ウイニングランに向かう前に、ボートリフト付近で歓声を上げていた鎌田などの選手に向かって吉川が右手を突き上げると、吉川を祝福するようにボート上の松井が手を振った場面も最高だった。
 そして吉川が、ウイニングランから引き上げてきたときには、すぐにボートリフトの上で吉川と鎌田が抱き合った。その抱擁は、これまでのピットで見てきたどの抱擁よりもがっしりと抱き合っていたものであり、その時間も長かった。抱き合ったままの二人のほうからは、はっきりと聞き取れるすすり泣きの声まで聞こえてきていたのだから、思わずこちらももらい泣きしそうになったほどだった。
 その傍では魚谷も一緒に喜び合っていたし、しばらくあとには松井も最高の表情で「よかったね!」と吉川に声を掛けていた。
 勝った吉川はもちろん、松井も鎌田も魚谷も最高の男たちである。

5img_2401  レースが近づいていくにつれて、井口や湯川浩司が必死にプレッシャーと闘っている様子はよく見て取れたし、魚谷と三嶌誠司は、松井に劣らぬほどしっかりと自分の心をコントロールできているようだったのだから、その心の強さには呆れるくらいに驚いた。
 松井繁、魚谷智之、三嶌誠司、湯川浩司、井口佳典には、本当に大きな感動を分けてもらえて感謝している。
 しかし、今日はやはり、吉川元浩の勝利を心から祝福したい。
 ……午前中のうちはマイペースで過ごしていた吉川も、レースが近づいていくにつれて、重圧がどんどん大きくなっていき、必死にそれと闘っていることは、はっきりと伝わってきたものだった。

5img_2929  吉川もまた、展示ピットにボートを移したあとにも、ペラの微調整をするために、プロペラを手にして屋外作業場である「ペラの森」へと歩いていったが、そのときの表情はなんともいえないほど複雑なものだったし、こうした作業にしても、少し神経質になりすぎているのではないかとも想像されたものだったのだ。
 賞金王決定戦ファイナルで、「完璧なエンジン」を手にして1号艇で出走……。
 そのことによって、どれだけ重いプレッシャーがのしかかってくるのかということは、その立場を実際に経験した者にしかわからない。
 そんな重圧と闘い、強き心の持ち主である5人の男と闘い、それを制した吉川については、どれだけ賞賛しても足りないくらいだ。
 吉川元浩と鎌田義が流した涙……。それは、これまでには見たことがないほど美しい涙だったのだ。
(PHOTO/山田愼二&池上一摩=3枚目のみ  TEXT/内池久貴)


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コメント

吉川選手がまだSGに出始めたころだったと思いますが、引退間もない中道さんが「吉川選手は賞金王に来る」というコメントを寄せていたのを見ました。
優勝インタビューでご本人も「遠回り」とおっしゃっていましたが、ついに花開いたという感じでしょうか。
文字通り、競艇の歴史を変えた選手になりましたね。
本当におめでとうございます!

投稿者: やまと (2007/12/24 21:02:10)