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この特集では田中工業「黒須田守」をはじめとした5名のライターから競艇にまつわるさまざまなレポートをお届けします。
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投げない。諦めない。――賞金王シリーズ、4日目後半のピット

_u4w3933  レース後、こんなにもわかりやすく、がっくりとうなだれた者を見たことがない。
 1マークまでに大競りとなって、重成一人を転覆させてしまった白石健は、妨害失格をとられてただ一人、ピットに帰ってきた。出迎えた仲間(大先輩である倉谷和信もいた)とともにボートを引き上げると、白石はがっくりと首を垂れた。もしかしたら、白石は仲間に何かをこぼしたのかもしれない。気遣う仲間たちは、白石を「ここはいいから」という感じで促し、深々と一礼した白石は、大急ぎで救助艇の係留所に駆け出した。ヘルメットを脱いだ白石の顔は、苦悩と悔恨と落胆と不安が入り混じって、激しく歪んでいた。とんでもないことをしてしまった……、表情はそう語っていた。
 少しの後、白石は着替えて装着場に姿を現わした。もしかしたら泣いていたのではないかと思えるくらいに、鼻が赤くなっていた。表情は落ち着いていたけれども、落胆は消えていない。浮かない顔というのは、まさしくこのときのシラケンの顔を指す。モーター格納のためだろう、整備室まで覚束ない足取りで辿り着いた白石は、立ち止まり、踵を返して、装着場に向かって深々と一礼をした。もしかしたらシラケンは常にそうしているのかもしれないが、まるでヒザに額がつくくらいの身体の折り曲げ方に、尋常ではない胸の内があらわれていた。
_u4w3976  10Rで起こってしまったこの事故は、一方で激しいレースの産物でもあった。4カド発進のシラケンはスリットでのぞいていた。だからマクろうとした。重成は、1マークまでに出切らせることをしなかった。だからマクらせまいと抵抗した。その競り合いが、少しだけ度を越してしまっただけだ。もちろん、シラケンは責められても仕方ないが、二人の負けじ魂には敬意を表するしかないだろう。ましてや、重成とシラケンは80期の同期生なのだ。同じ釜のメシを食った二人には絆がある。だが、勝負となれば真っ向から剣を振り下ろしあう。これを否定してしまったら、競艇という競技は根底からアイデンティティを失う。
 同期生を傷つけてしまった、シラケンのなかにはそんな苦悩もあっただろう。なぜあそこで引けなかったのか、そんな後悔もあっただろう。もしかしたら、大敗しなければ準優に進めた状況での失敗、そんな落胆もあったかもしれない。だが、終わったことだ。なにより、重成は明日の準優勝戦に名を連ねている。身体はひとまず無事だったのだ(着替えた後、山本隆幸に「大丈夫ですか?」と声をかけられて、重成は拳をぐっと握り締めてOKのサインを出している)。明日は、気持ちを切り替えて臨んでほしい。
_u4w3988  水に浸かったモーターを分解する重成に、シラケンはつきっきりだった。整備室内では、ずっと重成を気遣っていたのだ。二人のなかに、特に被害を受けた重成のほうには、もうわだかまりなどないはずである。11R、トライアルを勝った吉川元浩を出迎えにボートリフトにやって来たシラケンの背後から、先輩の安田政彦がそっと忍び寄り、優しく肩を揉み始めた。シラケンは恐縮しながら、何度も頭を下げていた。安田は、シラケンに「気にするな」と言葉をかけていたのだ。こんなにもピュアなシラケンを、誰もが愛している。もちろん、僕も応援している。周囲の声援に応えて、明日はリベンジを果たせ。それが、今日の事故への償いになる。

 事故は起こらないほうがいいに決まっているが、ことほどさように、賞金王シリーズも決定戦に劣らず、アツい。そこに戦いがある限り、選手は全力で勝利をもぎ取りにいくのだ。賞金が安いとか、注目度が低いとか、それがモチベーションに影響することもあるだろうけれども、しかし水面に出れば勝負師の本能は覚醒する。いや、水面だけではない。ピットでも、全力で戦うシリーズ戦士の姿は、あちこちで散見される。トライアルが始まった昨日からは、シリーズは10Rまで。そのあとは、まさしく決定戦タイムとなる。だが、シリーズ組の戦いが10Rの時間帯で終わるわけではない。
_mg_2888  12Rが始まる数分前まで、ペラの森には田村隆信の姿があった。たった一人で、ペラと向き合って、さらなる調整をしていたのだ。予選1位で準優は1号艇、しかし田村は緩むことなく、ペラに勝負を懸ける。整備室の入口真横にあるペラ調整所でも(ここを、ペラへの扉、と名づけることにたった今決定)、横澤剛治が12R発売中になっても陣取っていた。2007_1222_0539 そういえば、横澤は今日、いちばん最後まで試運転をしていた一人だ。モーターは噴いているはずなのに(準優は2号艇だ)、しかし彼もまた緩めることを知らない。まだまだ、満足などしていないのだ。横澤とともに試運転をしていたのは、金子良昭だ。整備室からペラを3枚持って出てきた金子が、係留所に向かって歩いていくのを見て、驚いたものだ。慌てて係留所を確認すると、金子のボートが横澤のボートとともにあった。金子は、予選を突破できなかった。それでもやっぱり、戦いは終わっていないのだ。遅い時間帯まで試運転をしているのは、圧倒的に若手が多いものだが、静岡の重鎮とも呼ぶべきベテランのこの姿勢には、唸るしかないだろう。
2007_1222_0572  もう一人、最後まで試運転をしていたのが、木村光宏だ。ただ、木村はちょっとだけ妙な動きをしていた。もちろん、ペラの調整はかなり長い時間続けていたのだが、ふと気づくと艇運の係の方とじゃれ合ったりしている。その数分後、また真剣な表情でペラを叩いている木村に気づき、頑張ってるよなあ……などと感心していると、その数分後にはカポック着替え所に姿を発見し、近寄ってみると、自ら針をとってグローブを裁縫していたりする(洗濯係のおねえさんが、心配そうに覗き込んでました)。木村は、ほかにも重成のヘルプや、三嶌との長時間の密談など、香川支部の仲間を支える動きをも見せていて、そのレースぶり同様の変幻自在ぶりである。内池記者は、彼のことを「キュート」とも表現していたが、たしかにそんな物言いは間違っていないと思った。

2007_1222_0509  勝負を投げないことが、時にご褒美をもたらす、という例が今日、起こった。10R発走前の段階で、準優ボーダーは6・20。その10Rの状況を簡単に説明しておけば、4名は準優当確、飯島昌弘は2着以上で準優滑り込み、川﨑智幸が次点。シラケンは6着で6・00だが、飯島が2着を外せば着順点で18位だった。いずれにしても、焦点はその3人の動向だったのだ。ところが、先に記したとおり、シラケンが妨害失格。飯島も4着に敗れた。その結果、なんと堤昇が大逆転の18位浮上で、準優に進出することになったのである。
 その頃、堤はペラの大奥にこもっていた。10Rは静岡勢も東海勢も出走していないから、エンジン吊りに出てくる必要もなく、ひたすら大奥でペラを叩いていたのだ。実は、後輩の笠原亮はそれでもエンジン吊りに出てきていて、僕に「ボーダー、どうなりました?」と訊ねてきている。おそらく堤が18位、と伝えると、笠原はその後ほかの記者さんにも確認して、堤のボートに緑の艇旗と6番の艇番を取り付けている。だが、笠原は大奥組ではないし、どうやら堤とそれについて話したわけではなさそうだった。堤は、その後も大奥にこもり、ようやく作業を終えて控室に戻ったのは12R発売中。記者さんに呼び止められているのを見て、大急ぎで近寄ってみると、堤はどうやら、予選突破を知らなかったようだ。おそらく、6・00の堤はすでに準優を諦めていたのだろう。それでも、やはり戦いは終わっていない、明日のためにペラを叩き続けた。そして……運命の女神は堤に微笑んだのである。
 堤は、本来はこの場にいないはずだった。シリーズ出場予定の大嶋一也の出場停止で、繰り上がり出場となったのだ。そして今日、本来は準優絶望と思っていたら、逆転18位。このツキは怖い。この流れは、追い風になる。それもこれも、堤が気落ちしたり気を抜いたりせずに、戦い続けたからだ。選手たちの戦う姿勢を見るにつけ、僕はそう信じたくなるのである。

2007_1222_0217  さて、気になる山崎智也。初日ピンピンの好スタートを思えば、2日目以降は不完全燃焼と言わざるをえないが、それでも準優には駒を進めてきた。ひとまず、第一関門は突破だ。で、その智也。たしかに僕は、四六時中ピットに張り付いているわけではない。記事を更新したりメシ食ったり舟券買ったりしている間は、ピットにはいない。それでも、だ。今日、智也を見たのはたった1回だった。僕とは違う時間帯にピットにいた内池記者や池上カメラマンに聞いても、「今日はほとんど見かけなかったねえ」とのこと。どうやら智也、作業はほとんどしていないようである。これは余裕なのか、それとも……。いずれにしても、智也もまだ、戦いを終えていない。(PHOTO/中尾茂幸=横澤、木村、堤、山崎 池上一摩=白石、重成、田村 TEXT/黒須田守)


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