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この特集では田中工業「黒須田守」をはじめとした5名のライターから競艇にまつわるさまざまなレポートをお届けします。
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神技に酔いしれた――THEピット

10R 大阪ラインと岡山ライン

2008_0417_0164  エンジン吊りが終わり、控室へと戻ろうとしたそのとき、富山弘幸はふと足を止めた。振り向いた先には、古場輝義がいて、富山は古場を待つ格好になった。自分もエンジン吊りを終えた古場が、富山に追いつく。富山はそれを待って、古場に「すまん」とばかりに右手をあげた。右頬だけがあがって、眉間にシワが寄っていた。
2008_0418_0537  そのときの雰囲気が、レース後によくある選手同士のやり取りとは違っていたので、少し怪訝に思ったが、よく考えれば、なるほど、と合点がいった。古場は出身地が「富山」とあるが、かつては「大阪」であり、現在も大阪支部。二人は先輩後輩の間柄だ。そして、10Rの進入は1456/23、前付け必至の関忠志に対して、古場が抵抗するようなかたちで、富山にインが転がり込んできていた。さらに、レースでも関のマクリに抵抗したのは古場。レース前にお互いが作戦を話し合っていたわけではなくとも、水面に出現した事象は、麗しき大阪ラインの連係だったのだ。予選1位だというのに、ある意味、準優ではもっともキツい1号艇となってしまった富山。その先輩を後輩が援護したような形になっていたのだが……結果は不本意なものとなってしまった。
 ようするに、あの雰囲気は「せっかくお前が守ってくれたのに……」というものではなかったか。もちろん、古場は単に富山のガード役としてレースをしたわけではなく、むしろ自身が勝ち抜くための作戦を遂行したに過ぎないのだから、彼としてみたら「そんなんじゃないよ」ということになる。しかし、富山にとっては、その作戦が自分にも利を運ぶはずだったのだから……古場に対して申し訳ない気分になるのも当然だろう。
 大阪ラインは、外枠の岡山ラインを不発に終わらせた。しかし、大阪ライン自体も不発に終わってしまった。富山と古場は、ただただ渋い顔で、レース後のルーティンをこなすしかなかった。

2008_0418_0290  関忠志にとっても、不本意な準優勝戦だった。インをも狙ったはずが、分厚いナニワの壁を突破できずに3コース。それでもSを踏み込んで、マクって攻めたものの、ナニワの壁は想像以上に厚かったということだろう。カポック脱ぎ場では、誰彼かまわず、声をかけては、レースの回顧を早口でまくし立てる。まるで溜め込んだ思いを吐き出さずにはおれないとばかりに、悔しさをあらわにしていたのだった。
 原由樹夫は対照的だった。ひたすら笑っていたのだ。もちろん、悔しさが心を占めていたに違いないのだが、3着競りになった富山とのアシの違いに、笑うしかないという部分もあったかもしれない。その笑顔は、本当に素敵だった。原が、こんなにも優しく、滋味深い笑顔を見せるということを知ったのが、今節の収穫のひとつだ。闘志あふれるレースぶりと、人懐こく笑う、そのギャップ。この笑顔こそが、原の“神技”だと確信した。

11R 笑いの輪

2008_0419_r11_0676  みーんな笑っていた。レース後のカポック脱ぎ場は、まるで笑顔のお花畑だった。
 いったい誰がその場を「優出を逃した者たちの集団」だと思っただろうか。結果を知らずに、遅れてその場に到着したなら、4名のうち誰が優出を決めたのか、わからなかったに違いない。みんなが笑っているのだから、4名全員が優出を決めたようにすら、思えたのではないか。正解は、全員が優出に失敗した、なのだが。
 昨日に続いて、ひたすらテンション高く、大声で話していたのは、松野京吾だ。笑顔で振り返りながら、声のトーンは上がる一方。勝利に興奮してまくし立てている、といわれても、信じてしまうほどに声が弾んでいたのだから、改めてこの人のキャラを今まで見逃していたと思わされたものだった。その松野に対応して、山口博司も笑っている。松野の言葉にうなずいたりしながら、優しい笑顔をほころばせていた。
2008_0418_0582  もっと笑っていたのは、桑原淳一。高山秀則とレースを振り返りながら、口元がどんどんとほころんでいく。2人の議題は、1周2マーク。もつれた展開のなかで、いったん高山が2番手に浮上しようかという場面だった。「あそこで、こう行ったら、ぴゅーって行かれてさ」と高山が笑えば、桑原が「あそこは、完全に先に行かれたと思いましたよ」と笑う。桑原も、高山も、話すごとに目尻が下がり、目が細くなっていって、次第に「談笑」という言葉さえ浮かんでくるほどだった。

2008_0419_0394  だが、思う。人間はツラい時にも笑えるのだし、また笑顔で振り返れるほどの充実した敗戦もあるということだ。そして彼らは、こんな局面を何度も経験し、何度も悔恨を奥歯で噛み締め、そして何度も立ち上がってきた熟練の戦士たちである。激しいレースを戦い抜き、結果はともかく、そこに何かを見出すことができる達人たち。そう考えれば、その笑いの輪は、見ていた以上に深いものなのだ。
 同時に想像した。彼らは一人になったときに、改めてその悔しさを噛み締めるのではないかと。
 そんな彼らのたたずまいは、まさしく“神技”なのだ。

12R 麗しき3着競り

2008_0419_0323  このレース後も、カポック脱ぎ場は笑顔の巣窟。そしてまた、トークショーのような掛け合いが行なわれていた。きっかけは、池上哲二が大西英一に2周1マークの混戦についての回顧を笑いかけたこと。吉田稔と大西が3番手を競っていて、内から池上が突進ぎみに仕掛けると、引いて差した大西は最内を突いて浮上、という場面だ。
大西「いや、あれは、吉田稔がちっとも行ってくれないからさあ! もういいから、先に行って(回って)、って思ってたのに、ちーっとも行かない!(笑)」
吉田「ダハハハハ! だって、内から来てるなんて、わからなかったもん!」
池上「ワシは締めてくるかと思ったけど、来んから行くしかないけん(笑)」
大西「だーから、いいから早く行けー、って思ってるのに、ぜんぜん気づかないからさあ!」
吉田「大西さんを気にしてるから、内なんか見てないって!」
全員「ダハハハハハハハハ!」
 えっと、メモを取り切れてないので、正確なやり取りというわけではないけれども、まあだいたいこんな感じでありました。激しすぎる3番手争いを戦った3人が、大爆笑のなかでそれぞれの動きを振り返り合う。大西が声を張り上げることでボルテージがどんどんと上がっていったように見えたが、これぞまさしく気になる大西英一の真骨頂! つまりは、大西も池上も吉田も、大激戦を戦い抜いた充実感を覚えていたということだ。
2008_0419_0081  言っておくが、準優の3番手争いには、本当は意味などないのである。2番手に上がらなければ、勝ち上がれないのだから、3番手競りはレースの仇花でしかない。しかし、勝負師たちは、視界に並びかける者あれば、ひねり潰そうとする本能を持つ。そして全力で戦い抜いて、レース後は爽快に笑うのである。
 その競り合いに敗れたこと、もちろん優出を逃したこと、それは悔しいことだ。しかし、全力を出し切った後には笑顔が生まれる。そんなことを教えてくれた、あの3番手競りが何よりも“神技”だった。
 結果として、大きな見せ場を作れなかった山﨑昭生も、レース後は笑顔で報道陣の質問に応えていた。カドから展開を突こうとして行き場をなくしてしまったが、しかし敗れて悔いなし、という表情だった。

 前半記事には準優メンバーが登場せず、後半記事=準優記事には勝ち残ったメンバー以外のことばかり書いている。しかし、僕は勝者以上に笑える彼らの“人間力”に思いをいたらせずにはいられなかった。僕のような若造には、決してできない振る舞いを見せている人生の先輩たちに、心から尊敬の念を抱いた次第だ。やっぱり名人戦はいいなあ……そうしみじみ思える源泉が、そこにあったからである。
2008_0419_0062  もちろん、勝者は文句なしに素晴らしい。「展開一本でした」と言いながらも、しかし「初日の6等で、気合が入った」と力強く語った10R1着の尾崎鉄也。「明日は伸び一本で」と語り、チルトを跳ねることも示唆していた10R2着の若女井正。笑顔満開だった3~6着とは対照的に、淡々としてほとんど笑顔を見せなかった11R1着の村上伸二、2着の荘林幸輝。地元GⅠでの優出を果たしたこと、下馬評で本命視されていたことへの責任を果たしたこと、それぞれの抱えていたプレッシャーを跳ねのけてみせて、ホッとした表情を見せていた、12R1着の田中伸二、2着の瀬尾達也。それぞれに、誇らしく、麗しい表情をしていた。まさしく勝者の表情だった。
2008_0419_0029  勝者も敗者も、それを見ているだけで幸せな気分にさせてくれた準優18戦士たち。そんな空気を作り出せることが、もはや“神技”だろう。取材と言いながら、僕は名人たちの神技に酔いしれていた。そんな準優のピットだったのである。(PHOTO/中尾茂幸 TEXT/黒須田守)


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