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この特集では田中工業「黒須田守」をはじめとした5名のライターから競艇にまつわるさまざまなレポートをお届けします。
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名人戦=笑顔――THEピット&本日の水神祭!

 笑顔、というのは、もしかしたら名人戦のキーワードなのかもしれない。
 ピット記事において、多くの文章を匠たちの笑顔に割いてきた。いつピットを訪れても、印象に残るのは濃密な経験があふれている味のある笑顔だったし、それはまた優勝戦のピットでも変わることはなかった。
 決して、勝負を二の次と考えているわけではない。それは、水面での激しいつばぜり合いを見れば明らかだ。だが、彼らは陸の上では爽快に笑える。年輪を刻んできたからこその、心の余裕。ひとつの勝ち負けに一喜一憂する時期などとうに過ぎたのだという、大人のたたずまい。長年ともに戦い、時に剣を交えてきた戦友との再会という意味合いも強い、名人戦という舞台の特殊性。そういったものたちが絡み合うと、GⅠという過酷な戦場ででも、彼らの顔に笑みをもたらすというのか。
Img_2545  12R直前、喫煙所には尾崎鉄也がいた。うまそうにタバコをくゆらし、井川正人らと談笑している。控室的な場所がオープンになっている宮島ピットだから、こちらの目にも届いたのかもしれないが、それでも目の前に大一番を控えている者とはとても思えない、ゆるやかな姿がそこにはあった。
 まるで、それが名人戦を象徴している出来事のような気がして、春の午後の心地よい風がさらに爽快に感じられた。ヒリヒリした緊張感はこちらの鼓動を激しくしてくれるが、まさしく春風のように優しい空気もまた、その後の戦いへの期待を高めてくれるのだと知った。

 優勝した田中伸二がウィニングランに向かっている間に戻ってきた5名の敗者。僕がいた場所からはたまたま尾崎鉄也がボートリフトに艇を設置したところが見えた。尾崎は、頬を膨らませて、「ふぅ」と一気に息を噴き出した。ため息というには、圧倒的に力強く、ホッと一息というには、あまりにも悔しさがこめられていた。やはり、レースに敗れたことは悔しい。ましてや名人位就位というチャンスを逃したことは、残念極まりない。それは5名誰もが感じていたことだろう。しかし、そこから先の切り替えは見事だった。尾崎もそうだが、出迎えた仲間には、苦笑混じりではありながら、笑みを見せることができたのだから、そのコントロールもまた匠のものだ。いや、ボートリフトが引き上げられる間は、仲間の姿は頭上にあり、そういった場所だったからこそ、わずかの時間だけうつむいたのかもしれない。

Img_2740  陸に上がると即座に返納作業が行なわれるのが、最終日のルーティン。5名は足早にカポック脱ぎ場へと向かう。その間に、田中が地上波テレビのインタビューカメラの前に誘導されて、マイクを向けられていた。その前を通った荘林幸輝が、田中に向かって拳を突き上げた。田中の顔が少しだけ弾ける。言うまでもなく、同期のGⅠ初優勝を、荘林は称えたのだった。先頭でゴールする同期生を見ながら、無冠の帝王と呼ばれ続けた男は、何を考えたのだろうか。友への祝福だったか、それとも敗れた悔恨だったか。カポック脱ぎ場で、微笑をたたえながら他の選手と挨拶を交わす彼を見ていると、そのあたりの推察はかなり難しいもののように思えた。同期の村上信二とは、アイコンタクト。たぶんそれだけで、お互いの言いたいことはわかるのだろう。
Img_2966  その村上信二は、今節一番と言っていいほど、微笑が浮かんでいる時間が長かった。インタビューを終えた田中と真っ先に握手を交わしたのも村上。弾けるような笑顔ではないけれども、わずかに頬を緩める村上スマイルとでも呼びたくなる渋い笑顔は、いつまでもいつまでも消えることはなさそうだった。整備室では、尾崎と両手をボートに見立ててのレース回顧。尾崎も笑顔だったが、村上も村上スマイル。やることはやったという職人のプライドが満たされたことが、敗戦への悔しさを凌駕しているように思えた。コンマ04、いったんは田中を脅かす牽制、2コースの選手として、たしかにやるべきことはやった。村上は、まさしく仕事人なのだ。村上スマイルじゃないな、仕事人スマイルだ、彼の微笑は。

 コンマ21。ヘルメットを脱ぐや、「スタートがすべて!」といって破顔一笑の若女井正は、それでも2番手争いを最後まで繰り広げたのだから、ある程度の充実感を覚えていたのかもしれない。土壇場での跳ねチルトは、一発逆転の破壊力を秘める反面、スタート観を狂わせるというリスクも併せ持つ。後者が色濃く出てしまったのは残念なことに違いないが、しかしそのリスクを恐れることなくチャレンジしたことへの誇りは、当然のことながら、彼の中に芽生えていたかもしれない。
Img_2663 一方、コンマ05という“彼らしさ”を繰り出した瀬尾達也は、大一番でゼロ台をたたき出すことができる歴戦の強者たちの度胸の前に、その彼らしさを武器に変えることができなかった。ということもあったのか、レース後にもっとも苦笑の色が濃厚な笑みを見せていたのは、この人だったと思う。去年の大嶋一也と同様に、ある意味で別格の存在であった瀬尾は、しかし大嶋の再現を果たすことができなかった。モーター返納作業をしている瀬尾は、口元に笑みを浮かべながらも、たった一人で悔しさを噛み締めているようにも見えたのだった。そうした先入観で彼を見れば、その微笑みはどこか寂しさを称えてもいた。

Img_2826  勝った田中伸二だ。名人位という大願を成就しても、決して喜びを爆発させるようなところは見せなかったのは、意外でも何でもない。思えば、昨年だって一昨年だって、優勝者が派手なガッツポーズを見せたりはしていないのだ。これが、ベテランたちの振る舞いである。広島支部の仲間たちも、決して我を忘れてはしゃいだりはしない。まさしく大人の空間である。
 だが、言うまでもなく、祝祭の空気は色濃く存在していた。池上哲二も、佐藤勝生も、藤井泰治も、永久にそうしているのではと思えるほどに、笑顔を絶やすことはなかったのである。むしろ、田中のほうが、優勝者のハードスケジュールに戸惑っているようでもあり、笑みが消える瞬間があったほどである。
 そうしたなかで、実直そうな笑顔を見せていた田中は、表彰式→共同会見→JLC出演と駆けずり回り、その間も決してはしゃぐことなく、穏やかな空気の中で喜びに浸っているようでもあった。ただし、次に装着場に姿を現したとき……田中はいきなりケブラーズボンを脱ぎ出したぞ。池上が「早くやっちゃおうぜ、宴会があるんだから。ケブラー脱げ、クツも脱いで裸足になれ」と急かしている。次第に田中の周りに人の輪ができ始め、田中は係留所へと向かう。
 そうなのです。GⅠ初優勝の田中伸二、水神祭であります! というわけで、ここからは「本日の水神祭」!

 どうやら、今日はこの後、花の42期の打ち上げがあるようで、しかも地元の田中が幹事なのだそうだ。ところが、幹事が優勝して、行事をこなさねばならなくなったため、時間が押している。さあ、急げ。ともかく水面に投げ込んじゃおうぜ! そんな様子で指揮をとっていたのは、選手班長の池上哲二でありました。
Img_3413  水神祭に参加したのは、池上、佐藤、藤井の名人戦参戦の広島勢に、祝福に訪れていた広島支部の若手、そして海野ゆかり! 私服の海野選手はお美しかったですぞ。あとは、同期で優勝戦をともに戦った村上信二も駆けつけていた。
 係留所へと降りていく橋のいちばん端っこ、海野によれば宮島水神祭のメッカであるというその場所で、田中はワッショイスタイルで持ち上げられました。このスタイルの場合、通常は頭のほうから水面に投げ込まれ、空中で一回転したり、脳天から一人バックドロップのように落ちていったりと、なかなか派手な水神祭になるのですが、今回は足のほうから投げ込む異例のスタイル。ともあれ、いきましょう。1、2の3で、ドッボーーーーーーーーーーン! まるで水面にドロップキックを浴びせるような格好で、水面に足から突き刺さっていった田中伸二。顔をぽっかり浮かせると、集まった報道陣も含めて、万雷の拍手が鳴り響いたのでありました。でも、田中は……
「お、俺、泳げないんだよぉぉぉぉぉぉぉ!」
Img_3423  あらららら。それでも犬かきで陸までたどり着いた田中は、それまでには見せていなかった、満開の笑顔! うーん、優しそうな笑顔であります。
「このあと、宴会に行きますから!」
 そう言って橋を駆け上がった田中は、びしょ濡れで控室に消えていったのでありました。
 田中伸二よ、おめでとうございます。あなたのその生真面目にも見える振る舞いは、我ら人生の後輩にとっては、最高のお手本であります。JLC収録で池上哲二が言った「ずっと真面目にやっていれば、いつかいいことがある」という言葉は本当に重い。それは、宮島を後にする僕らにとっても、最高のお土産になりました。
 次に会えるのは、来年の多摩川総理杯か。そのときには、また違った笑顔を見せてくれることを楽しみにしていますぞ!(PHOTO/山田愼二 TEXT/黒須田守)


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受信: 2008/04/21 23:43:13
コメント

>去年だって一昨年だって、優勝者が派手なガッツポーズを見せたりはしていないのだ。これが、ベテランたちの振る舞いである。

一昨年の、尼崎の名人戦見てからこういうこと書いて欲しいもんです。

あれだけ豪快にガッツポーズしてたのに・・・w

投稿者: はっしー (2008/04/20 20:51:52)

>去年だって一昨年

>昨年だって一昨年だっての間違いでした。失礼しました。

投稿者: はっしー (2008/04/20 20:53:43)

はっしー様

ピットでは、という意味でありました。
言葉足らずで申し訳ありません。
1着ゴール後に、万谷オヤビンはガッツポーズしていましたね。

投稿者: 黒須田 (2008/04/21 0:49:35)
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