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この特集では田中工業「黒須田守」をはじめとした5名のライターから競艇にまつわるさまざまなレポートをお届けします。
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SGウィナー!――THEピット

2008_0416_0025  試運転ピットから静かに発進したボートは、ゆっくりとボートリフトに回り込んで、枠の中に収まった。ヘルメットを脱いで現われた顔は、穏やかではあるが、軽く眉間にシワが寄っている。リフトが上がり切って、架台に乗ったボートを押しながら、ゆっくりゆっくりと装着場に運び、少しも慌てたふうのない手つきで、プロペラをはずしていた。
 原田順一は、本当に柔らかな空気を醸し出す人だ。言うまでもなく、はるかに年上の人なのに、話してみるとそんな感じを抱かせない。H記者はK記者より7つ年上だが、HとH田……いや原田は同じくらいの年配のようにさえ思えたりする。しかし、いざ勝負に向かう際の顔つきは、やはり歴戦の勝負師であって、ゆったりとしたひとつひとつの動きのなかでも、自然とくぐってきた修羅場の数が表情に表われている。
 さすがのSG2Vレーサー。これぞ強者のたたずまいだろう。朝のピットで、ちょっとひんやりした空気のなか、原田の一挙手一投足に見入ってしまった僕であった。

2008_0416_0197  ペラの神殿は、昨日の午後とは顔ぶれがガラリと変わっていた。ベンチAの右には、福岡の富田章が陣取っていて、瀬戸内勢に占められていた昨日とは違った様相である。その富田にかなり長い時間話しかけていたのが、関忠志であった。関のボートはそのすぐ近くに置かれていて、富田との距離は5mあるかないか。果たして、富田に用事があってそこにあえて運んだのか、たまたま自艇の置かれている近くで富田がペラ叩きをしていたのかは不明だが、関はモーターの装着作業、調整作業の合間合間に、富田に歩み寄っては会話を交わしている。昨日、関と瀬尾達也の似たような場面を目にしたことを書いたが、今日は富田とそんなやり取りをしている関なのであった。こうして関は、情報を血肉化していくのであろうか。昨日は瀬尾、今日は富田。ともに期も支部もかぶっていない。勝利に対する貪欲な姿勢、そういうことだろう。

2008_0416_0097  ペラの神殿をそうして眺めていたら、目の前を吉田重義がゆるりゆるりと通り過ぎる。慌てて挨拶をすると、ちらりと一瞥して優しい表情を返す。ようするに、慌てて挨拶しても十分に間に合うくらい、吉田の歩くスピードは遅かった。その後、水面のほうで試運転ピットを数分チェックし、装着場のほうを振り向くと、あ、また吉田だ。同じようなスピードで、ゆるりゆるりと今度は逆のほうへ歩いていた。さらに数分後、吉田がまったく同じ感じで、また逆のほうへ歩いていく。これは間違いなく、物思いにふけっている状態だ。吉田の登場は2R。時間はそれほど残されていなかった。だから、いくつもの戦略を脳内に思い浮かべ、決断をはかっていたのだろう。ゆっくりと一歩足を踏み出すごとに、作戦が固まっていく。SG覇者が長年繰り返してきた、レース前の儀式なのかもしれない。

2008_0416_0167 「第1R、乗艇3分前です」
 ピットにアナウンスが響く。さあ、いよいよスタート展示が始まる。1Rの出走メンバーは、乗艇の準備だ。
 と、係留所のほうから、加藤峻二が小走りで駆け上がってきた。手にはカポックとヘルメットを持ち、口元には苦笑が浮かんでいる。すれ違った検査員さんに「3分前、3分前」と笑いかけて、展示控室のほうに走る御大。始まっちゃう始まっちゃう、スタート展示が始まっちゃう!(何年か前の役所浩司さんの競艇CMを思い出してください)
 ふと思えば、ほんの数分前まで御大はペラの神殿にいた。そのときは、今日もペラやってるなあ、と流していたのだが、そう、加藤峻二は1R3号艇ではないか。ギリギリまでペラを調整し、ギリギリの時間帯にペラを装着。つまりは、それほどまでに粘っていたのだ。その妥協なき姿勢が、御大をこれほどまでの存在に押し上げた最大の原動力であろう。
 慌てながら走る御大を見ながら、思わずちょっと笑っちゃったのだけれど、その姿は最高に神々しく、カッコいい男の姿なのだと改めて思った。

2008_0416_0254  その1Rの展示が終わると、出走選手はそれぞれ、控室へと引き上げる。女性の声がする……と思ったら、2号艇で出走の鵜飼菜穂子が1号艇の鈴木幸夫と談笑しながら戻ってくるところだった。二人は愛知支部の先輩後輩であり、また鈴木幸夫の奥様といえば、鵜飼にとっても大きな存在であるはずの鈴木弓子さん。二人がこうして話しているのは、よく考えれば、ごくごく自然なことなのだった。でも……レース前にその余裕を出せますか、あなたたちは! これぞキャリアの賜物ということだ。
 同時に、鵜飼にとって、鈴木幸夫という人は、ものすごく頼りになる存在なのだろうな、とも思った。身近にいるSGレーサーは、そこにいるだけで勇気の源になる、ということだ。

 その後、試運転係留所からは2人の選手が時間差で引き上げてきている。二人は、まったく同じ上着を着ていた。
2008_0416_0480   高山秀則と新良一規。着ているものは、もちろんSGジャンパーだ。ともにSGウィナー。しばらくSGの舞台からは離れているが、このジャンパーは彼らの誇りだ。そして、自分たちがSGウィナーであるというプライドだ。SGのピットでは当たり前だが、GⅠのピットや、時には一般戦のピットでもSGジャンパーを見かけることがある。自分たちはSGを走る戦士なのだ……その誇りは、もちろん尊いものでありながら、自身にプレッシャーをかけるものにもなる。これを着る以上、自分はここでは格上であり、恥ずかしいレースはできない……そうした縛りのなかで力を発揮するのは、なかなか大変なことだ。ましてや、実際はSGの舞台を何度も経験している者ばかりの名人戦では。
 それでも、高山と新良は今節、一貫してSGジャンパーを着用している。その矜持に、僕は敬意を表するしかない。SGウィナーではないが、万谷章も今節はSGジャンパーを着ている一人で、オヤビンのそれは昨年の総理杯で着たものだろう。オヤビンにとっても、まだ新しいSGジャンパーを着ることができるのは、喜びであり誇りなのだ。
 実は、名人戦の道の先には、SGへのエントランスが用意されている。優勝者は、来年の総理杯出場権利を得るのだ。たしかにベテランと呼ばれる名人戦出場選手たちだが、もちろんまだSGを諦めてしまったわけではあるまい。新たなSGジャンパーをゲットするため、ということはもちろん、そのステージで戦うため、匠たちは熱い時間を過ごしているのである。(PHOTO/中尾茂幸 TEXT/黒須田守)


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