この特集について
ボートレース特集 > THEピット――声を失う優勝戦 ※本日の水神祭つき!
この特集では田中工業「黒須田守」をはじめとした5名のライターから競艇にまつわるさまざまなレポートをお届けします。
ライタープロフィール
カテゴリー
関連リンク
競艇サポーターズ
関連書籍

 ボートレース特集

THEピット――声を失う優勝戦 ※本日の水神祭つき!

2008_1013_0457  9Rを勝った山崎智也が、ピットに引き上げてきてすぐに、「マルーッ!」と叫んだのだそうだ。そうだ、というのは、悔しいことにその瞬間を僕は見逃している。伝えてくれたのは長嶺豊さんだ。
「智也がな、マルーッ、触っとけ、触っとけ、って。ピンピンやからな、その運を丸岡にあげようとしたんやな。丸岡、嬉しそうに飛んできて、ベタベタ触ってたわ」
 山崎智也と丸岡正典といえば、伝説の赤城雷神杯のデッドヒートを思い出す。3周びっちりと5艇が競り合ったレースは最後、智也と丸岡の大接戦で幕を閉じている。勝ったのは智也だ。そのとき、智也にとって丸岡という男が特別になったのか。智也は今日、丸岡の優勝を願っていた。自分はレースを終えれば管理解除となり帰郷するため、優勝戦は見ることができない。だから、1着2本で有終の美を飾ったグッドラックを、丸岡に授けたのだ。丸岡は、智也の運を背中に、優勝戦に臨んだ。

2008_1013_0361  優出メンバーがピットインすると、控室から田中信一郎と菊地孝平が姿をあらわした。対岸のビジョンが見える位置に陣取り、祈りをこめる。続いて田村隆信、井口佳典、湯川浩司の銀河系軍団もあらわれ、試運転係留所に座り込んだ。大阪支部の先輩、同期の仲間たち、さらには他地区の先輩までが、丸岡に念を送るかのように、水面際までやって来て、丸岡を見守っていたのである。そのとき、ピットは丸岡の背中を押すための空間になっているようだった。
 1マーク。丸岡が先マイを放ったとき、田中が「よしっ、逃げたっ!」と叫んだ。しかし、その後、田中も菊地も銀河系も、まったく声を上げられなくなる。
 もちろん、瓜生のマクリ差しがふところを突き刺し、2マー2008_1013_0719_2 クを先マイしたことが、彼らから声を奪ったのはたしかである。だが、そこからの2周は、丸岡にありったけの声援を送っておかしくない場面である。だというのに、彼らは声を失った。そう、あまりにも凄すぎるレースは、声をあげさせないということだ。田中も菊地も銀河系も、固唾を飲んで歴史的スーパーバトルの行方を見守るしかなかった。
 我に返ったかのように、「やったっ!」と声があがったのは、3周2マークで瓜生が差しに回った瞬間である。赤いカポックが引き波を超えられなかったそのとき、丸岡の勝利を誰もが確信した。そしてようやく、応援団は解き放たれたかのように快哉を叫んだのだった。ボートリフトに駆け出す銀河系。それに続く菊地、そして田中。丸岡はそのままウイニングランに行くのだから、リフトに戻ってくるのはもっと後になるのに、彼らは待ち切れないとばかりにリフトまで走った。そして、はるか遠くでウイニングランに向かおうとする丸岡に「マルーッ!」と両手をあげたのだった。丸岡が嬉しそうに手をあげて、それに応えた。
2008_1013_0011  おそらく控室で後輩の快挙を見届けたのだろう松井繁が、いつの間にかリフトに現われていた。そして、万感を込めて言った。「ええレースやったな。惚れ惚れするほど、ええレースやった」。王者の笑顔が弾けていた。後輩の丸岡が素晴らしすぎるレースを制した、そのことを心から称えていたのである。松井はその後、ピットに戻ってきた丸岡に同種の言葉を投げかけている。丸岡は顔をほころばせて頭を下げていた。
2008_1013_0075  丸岡がピットに戻ってくると、あとはもう感動の分かち合いタイムだ。真っ先に抱きついたのは、井口佳典。あとは銀河系、大阪勢が順番に丸岡を祝福し、ハイタッチを繰り返す。誰もが本当に嬉しそうで、見ているこちらもまるで歓喜の輪に加わっている錯覚をしてしまうほどだった。丸岡の人柄によるものであろうし、また凄いものを見たという興奮も皆の感動を増幅させてもいただろう。
 タイトルを獲ったことはもちろん尊い。スーパーバトルで感動を生んだことはさらに素晴らしい。そんな丸岡正典に、とにかく大拍手を! 本当に感動的で、幸福な優勝戦だったぞ!

 敗れし者たちにも触れねばなるまい。
2008_1013_0613  スーパーバトルのもう一方の主役、瓜生正義だ。瓜生はたぶん、もっとも余裕をもってレースに臨んだと思う。着水は最後から2番目。それも10Rが終わった直後で、リフトから水面に降りると、そのまま展示ピットにボートを係留している。おそらく、アシへの手応えは確かだったのだろう。ちなみに、その時間帯、伊藤宏がつきっきりで、瓜生と何事か話し込んでいた。
 レース後、もっとも悔しがっていたのも、たぶん瓜生だ。カポックを脱ぎながら見せた、激しく歪んだ瓜生の顔を僕は忘れないだろう。瓜生のあんな表情、初めて見た。あれほどの超デッドヒートは、惜しくも敗れた、などという表現をおいそれとできるものではない。敗者は単に敗れるよりもずっと、悔恨を胸に刻むのである(だからおそらく、あの伝説の95年賞金王で敗れた側の中道善博さんは、今でもあのレースが俎上にあがることを快く思っていないのではないかと想像する)。あの好青年・瓜生が、あれほどの強烈な悔しがり方をした。それが勝負というものの真実を物語っている。
2008_1013_0034Img_3230  もちろん、他の選手も皆、同じ感情を抱いて、ピットに戻ってきたはずだ。石田政吾は、うつむことはなかったが、奥歯で悔恨を噛み締めているかのような表情だった。松本勝也も、硬い表情がなかなかほぐれることがなかった。前方で繰り広げられているデッドヒートは、彼らには関係ない。関係ないからこそ、丸岡と瓜生の残した引き波を超えさせられることは、屈辱だったに違いない。2008_1013_0432 今垣光太郎は、完全に顔がひきつっていた。待ち構える報道陣からの言葉を拒絶するかのように、掲示されたスリット写真の前まで歩を進め、しかし一瞥しただけで整備室へと向かう。優出メンバーのなかではもっとも気安く話しかけることができる選手のはずなのに、まったく声をかけるスキが見つけられないほど、今垣は己への憤怒に包まれていた。この男は、やっぱりとびきりの勝負師なのだと再認識した。
 そんななかで、少し違う雰囲気を醸し出していたのは、木村光宏である。木村も表情を失いながらピットに戻ってきたのは、他の選手と変わらない。だが、カポック脱ぎ場にやって来て、着替えをしている敗れた他の4名に対して、直立不動で深々と頭を下げたのである。何度も何度も何度も何度も、ありがとうございました、と頭を垂れ続けたのだ。そのお辞儀は、やがて取り囲んでいた報道陣にも向けられた。優出インタビューなどで「感謝」という言葉を何回も口にしていた木村は、敗れ去ったあとまでも、その気持ちを忘れていなかった。
Img_3226  実は、レース前、最後にボートを着水したのが、木村だった。最後になったのには理由がある。地元SGの多忙さが、木村に整備の時間を与えなかったのだ。たとえば、8Rで最後のレースを走った横西奏恵が転覆しており、その整備をヘルプしなければならなかった。いや、本来であれば、優出メンバーである木村がそこに加わっていなくても、誰も責めることはなかったはずだ。それでも、木村は地元の責を果たそうとした。ここにも、「感謝」の思いが見え隠れする。
 10R出走5分前くらいだっただろうか。木村はこんな時間になって、ギアケースを外した。11R発売中には展示ピットにボートを移動しなければならないから、時間はほとんど残されていない。この時間になって、ようやく整備をする時間を得ることができた木村は、極限の集中力で手早く整備をし、終えると手早く装着し、準備を完了したのだった。そんな姿に、僕はちょっと泣きそうになっていた。
 装着を終えた木村は、本体に右手を当てて、1分ほど祈りを込めるかのように相棒を見つめた。そして、意を決したかのようにボートを押して、リフトへと運んだ。もちろん、他の5艇はすでに展示ピットに係留されていた。木村は、2マーク奥の広々とした水面で何度かレバーを握り込んで感触を確認すると、静かに展示ピットの「6」の場所にボートを進めた。遠くにその姿を眺めながら、僕は心から木村の健闘を願う気持ちになっていた。
 レース後の返納検査のとき、モーターの洗浄の順番を待つ間に、放心状態になっている木村を見た。木村の胸中をよぎっていたものは果たして……。不本意かもしれないし、むしろ失礼かもしれないが、僕はあえて言いたい。この優勝戦、もう一人の主役は間違いなく木村光宏だった。彼が見せてくれたハートは、栄冠を手にする以上に尊いものだったと、僕は確信している。

Img_3279  さて、最後に。そうです、本日の水神祭です。もちろん主役は丸岡正典! SG初Vの儀式が、夕暮れの丸亀競艇場で行なわれました! 参加したのはもちろん、松井繁、田中信一郎ら大阪勢および近畿勢に銀河系軍団。試運転係留所から、ゆりかごスタイルで1、2の3でドッボーーーーーーンと、ちょっと寒くなってきた水面に丸岡は投げ込まれました。水は多少冷たかったでしょうが、こんなに嬉しい水神祭はない! Img_3286 ということで、本当におめでとうございます! しっかし、賞金王確定が何人もいる水神祭だもの、近畿と銀河系の勢いは凄すぎるな……。(PHOTO/中尾茂幸=山崎、田中、丸岡、瓜生、松井、今垣 山田愼二=石田、木村、水神祭 TEXT/黒須田)


| 固定リンク | コメント (3) | トラックバック (0)
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/106923/42776394
コメント

「敗れざる者たち」だと「敗れない者たち」という意味になってしまうのではないでしょうか。「言わざるを得ない」とか「見えざる敵」などとと同じ、打消しの用法だと思います。

投稿者: シガ (2008/10/13 22:32:07)

別窓が開かないのは不満です。
水神祭で何が写ってるか全く分かりませんよ。

投稿者: Boo( -3-) (2008/10/14 21:32:27)

Boo様
水神祭はおめでたい儀式ですので、できる限り大きくしてみました。別窓が開かないことについては、カメラマンの利益保護のためですので、ご了承ください。

シガ様
ご指摘に合わせ、訂正いたしました。ありがとうございました。

投稿者: 取材班 (2008/10/15 0:16:41)
コメントを書く




※メールアドレスは外部には公開されません