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この特集では田中工業「黒須田守」をはじめとした5名のライターから競艇にまつわるさまざまなレポートをお届けします。
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THEピット――涙の赤いカポック

 不思議なピットだった。

 1R発走直前、多くの選手たちが装着場にあらわれ、水面際に陣取った。優勝戦ではこういう光景がむしろ普通だが、朝イチの一般戦である。神妙な顔の彼女たちが見つめる先は、赤いカポックだった。
2009_0305_0266  吉原美穂子が、このレースで引退する――。
 地元の中谷朋子らごくごく一部の選手以外は、今朝はじめて知らされて、耳を疑ったそうだ。もちろん我々取材陣も誰一人聞いていなかった。岩崎芳美→池上カメラマン→僕と伝達されたその事実を聞いたとき、選手たちの湿っぽい表情に合点しながら、のけぞるしかなかった。誰もが突然の知らせに動転し、しかしラストランを目に焼き付けようと、3号艇の吉原を凝視する。ピットアウトしてからも、そこにいたほとんどの人間は赤いカポックから目が離せなかったはずだ。
 目を潤ませたギャラリーの目の前で、吉原は最後のマクリを放ち、豪快にバックで先頭に立った。その瞬間、ピットには優勝戦もかくやの歓声があがる。堀之内紀代子が迫っており、まだ予断を許さない隊形ではあったが、早くも松村昌子がすすり泣きを始めていた。2マークを凌いで、ほぼ体勢が決したとき、選手たちの目からは次々と涙が溢れ出していく。ピットの湿度が確実に上昇していた。
 ラストランを勝利で飾る。最高のフィナーレである。最後のピット帰還を果たした吉原に、まるで優勝者を出迎えるかのように、選手たちが一斉にバンザイを向ける。ヘルメットをとると、吉原は涙に濡れ、そして仲間たちも涙で返した。
_u4w4365  優勝戦のメンバーも、勢ぞろいしていた。山川美由紀が目を赤くしているのが見えた。淺田千亜希も、寺田千恵も。横西奏恵や谷川里江の涙は確認していないが、うるんだ視線で吉原を見つめていたのが遠く目に入った。そのとき、彼女たちの頭から優勝戦のことは一時的に消えていたかもしれない。
_mg_9724  モーター格納後、水神祭が行なわれている。2R出走選手以外を除いた、ほぼ全員が参加していたのではないだろうか。チェックしたわけではないが、こんなにも多くの選手が並ぶ光景は見たことがない。水神祭のスタイルは、ゆりかごスタイル。1、2の3で水面に放り込まれる。いつもの水神祭ではあるが、しかし込められた思いはまるで違う。投げ込む選手たちは涙を流し、吉原は涙を流しながら満面の笑みを見せていた。_mg_9742_2  ……あえて書かせていただこう。同期である倉田郁美、笠野友紀恵が吉原に続いて飛び込んだ。吉原の最後の走りを見届けようと、ほかにも同期・阿波連二美子さん、また同県の入船幸子が駆けつけていた。68期から、佐賀から単独参戦。ラストランをたった一人で走らせるわけにはいかなかった。だから尼崎で吉原と同じ時間を共有しないわけにはいかなかった。

_mg_9749  吉原美穂子選手、ご苦労様でした。長身から繰り出す豪快なマクリが好きでした。第二の人生に幸あれ、と心から願います。

 2Rは、この空気を引きずったままピットアウトしている。そこで勝ったのは同じ色のカポック。茶谷桜である。茶谷は、これがGⅠ初勝利! そう、水神祭の1着を最終日にもぎ取ったのである。
_u4w4442  1Rと同様、多くの選手のバンザイで出迎えられる赤いカポック。ボートを引き上げたあともヘルメットのシールドを上げない茶谷に、先輩たちが「あんた、泣いてんの?」。ようやく脱いだヘルメットの下からは、茶谷の泣き顔があらわれた。同期の永井聖美と抱き合って喜び合う茶谷は、瞳を濡らしながら輝かしく笑っていた。ちなみに、2着の道上千夏は川邉加奈子の初1着時も2着。自分を指さして「(初勝利の)女神!」と笑うと、茶谷の笑顔が弾けた。
 去っていく者と、新たな一歩を踏み出した者。涙と水神祭は共通してそこに存在していたが、その意味はがらりと違う。茶谷桜選手、おめでとう。これを通過点として、さらなるステップアップに期待します。

 というわけで、今朝のピットの主役は優勝戦メンバーではなかった。慰労と祝福の輪の中に、涙とともに6名の姿はあったが、その風景に溶け込み、ともに泣き笑いしていたのである。
_u4w3544  そして、6名はほぼ、その後はピットから姿を消している。淺田千亜希、新田芳美が本体整備をしていたのは見かけているが、横西、谷川、山川はどこにいたのか確認できなかった。寺田については、スタート練習のスリットをじっと見入っているのを目撃している。というか、掲示板の近くに突っ立っていたら(そこが掲示板付近とは気付かなかった)、そこにテラッチがあらわれた。「おはようございまーす」と快活に挨拶してきてくれたのはいいが、どこか心ここにあらずといった雰囲気。スリット写真を注視しながら、「そっかぁ……これくらいで……ここで起こせば……」と呟いて、そのまま控室へと消えて行っている。調整にドタバタとはしていないが、すでにコンピュータはフル回転させているようだ。(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)


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