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この特集では田中工業「黒須田守」をはじめとした5名のライターから競艇にまつわるさまざまなレポートをお届けします。
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THEピット――穏やかな空気に魔物が潜む……

2009_0320_0085 「松井がキャハハキャハハって、嬉しそうだよぉ~~」
 10Rでマンシュウをぶち当てた勢いで珍しくピットにやって来たH記者が、整備室での松井繁の様子を見て、キャハハキャハハとはしゃいでいた。あんたのほうが嬉しそうじゃないか。
「服部が準優に残って、嬉しいんじゃないのぉ~~」
 だから、嬉しがってるのはあんただろ。敬愛する服部幸男のアタマ流しで大穴をゲットしたH記者、極選は空振り続きだというのに、大喜びである。
_mg_9962  H記者に言われて整備室を覗き込むと、たしかに松井はゴキゲン、服部もにこにこと笑っている。松井は6着大敗で、準優はOKだったものの予選順位を落としていたから、憮然としていてもおかしくはないと思っていた。服部の逆転1着にゴキゲンだったのかどうかはともかく、少し不思議な感覚である。その後も、ペラ室から笑い声が聞こえてきて、覗き込んで見ると松井だったりして、昨日のレース後とは対照的。予選を終えて、オンとオフを使い分けるのも王者流なのだろうか。

 それにしても……松井の笑い声が装着場にまで届くほどに、後半のピットも静かなものだった。池上カメラマンも、「今日は装着場に選手があまりいなくて、撮影が大変ですよぉ~」と嘆いていた。勝負駆けのゆくえが明らかになっていき、選手の喜怒哀楽が見えるのではないか、と想像してピットに入ったはいいが、そうした表情の変化はあまり見ることができなかった。選手の表情がウンヌンという以前に、選手の姿自体が少ないのだから。
2009_0320_0031  もちろん、整備室やペラ室に選手の姿は散見できた。松井の大笑いの相手となっていたのは、山口剛。王者と次世代の旗手の組み合わせを見たのは、初めてではないだろうか。しかもそれが、爆笑合戦なのである。山口にとっては、いつか追い落とさねばならない相手だ。王者の空気に触れただけでも収穫だろう。こちらは「第2プロペラ調整室」と看板が掲げられた、狭いほうのペラ室。
2009_0320_0052  もう一方の広いペラ室では、菊地孝平がペラを叩き、そこに上瀧和則が声をかけていた。これもあまり目にしたことのない組み合わせだな。上瀧が口元に笑みをたたえて話しかけ、菊地がペラと向き合ったまま笑顔で返す、という構図。珍しい組み合わせではあるが、なんだかとっても自然な雰囲気だった。まるで師弟の絡みを見ているかのように。
2009_0320_0806  整備室の奥、前半では長岡茂一と平石和男がくつろいでいた場所では、飯山泰と重成一人が同じように談笑していた。予選道中は険しい顔も目立っていた飯山だが、予選も終わり、最後の最後に1着も出て、少しは肩の力が抜けただろうか。そういえば、前半のレース後、挨拶を交わしたときに、飯山は今節はじめて笑顔を返してくれたのだった。結果はともあれ、予選は終わった。残り2日に地元の意地と存在感を発揮してもらいたい。

 といったわけで、後半も穏やかな勝負駆けのピットだったのだが、12Rで春の魔物が大暴れした……。
2009_0320_0098  11Rをスーパーまくり差し「亮スペシャル」で豪快勝ちした笠原亮。「ぼく、2枠はあまり良くないからなあ」と言っていたので、「いや、まだ1号艇の可能性もありますよ!」と興奮気味に伝えると、笠原は「それは相手(次第)でしょ」と返してきた。忘れていた。笠原は「相手の失敗で自分が浮上する」ことを良しとしない、潔い男なのだった。去年のチャレンジカップで、中島孝平が勝てば自分が予選落ちするという状況で、笠原は「僕が予選落ちすることになるけど、中島くんに勝ってほしい」と語った。結局、中島は2着に敗れ、笠原は生き残ったのだが、複雑な表情をしていたものだった。
 今回の「相手」とは井口佳典。12R1号艇で、逃げ切れば井口が予選3位、笠原が4位となる。笠原としては、自力で積み上げたポイントはあくまで「4位」なのであって、井口が敗れることをまったく望んでいなかったわけである。
 ところが……。まず、1マークで井口がターンマークを外し、内を平石和男、今垣光太郎が差した。このまま決まれば、笠原が1号艇。だがもちろん、装着場で観戦していた笠原はまったく喜んでいない。むしろ同地区の後輩の敗戦を悲しんでいるようにすら見えた。
_u4w9184  井口には、さらに「まさか」が起こる。1周2マーク転覆……。井口は当初は完走当確と思われていたが、ボーダーが上がっていったことにより、6着=6・00では着位差で予選落ちという状況で12Rを迎えていた。勝てば1号艇、シンガリなら予選落ちという、極端な条件だったのだ。平石、今垣に差されたとはいえ、3着ならもちろん準優はセーフ。だというのに、6着よりも残酷な転覆とは……。救助艇を出迎えた銀河系の仲間たちは顔を曇らせ、転覆艇の引き上げをヘルプしていた東海勢からも覇気が奪われていく……。
2009_0320_0523_2  幸い、井口は見た目には無事な様子で、着替えを終えた後に整備室にあらわれている。明日の出走表にも名前を連ねているのは、何よりだ。ただ……その表情には、ハッキリと暗鬱な影があった。予想だにできなかった予選落ちに落胆してか、それとも転覆してしまったこと自体に悔やんでか、あるいはその両方が複雑に絡み合ってか、ともかく明らかに精気を奪われていた井口に、出迎えた東海勢もうまく声をかけられないようだった。同期である湯川浩司や田村隆信もツラそうだった。

 そんな12Rだが、エンジン吊りの際には笑いも起きている。
「あそこは差したらあかんで~」
_u4w9204  そう言われて苦笑していたのは今垣光太郎だ。上瀧和則が笑いながら声をかけ、今垣から離れて伊藤宏のエンジン吊りに向かいながらも、おかしそうにしている。今垣のエンジン吊りを手伝う田中信一郎も笑顔で声をかけ続け、そのたびに今垣がうなずくと、そばでは松井もニコニコと顔をほころばせた。
_u4w8818  やがて、対岸のビジョンにリプレイが流されると、その場にいた選手たちが一斉に注目した。井口の転覆シーンを見るためかと思ったら、1周2Mを過ぎても誰一人動かない。やがて、2周2Mに差しかかる。平石が慎重に旋回する内を、今垣が渾身の差し……差し!? そう、差したらあかんのはこの場面。2Mには救助艇がいたのだから、追い抜きもあかんし、救助艇の内側を通るのはもっとあかん。すぐに気づいた今垣はスピードダウンし、ハンドルも切り直して事なきを得たが、時に周りが見えなくなるほど集中することがある今垣らしいと言えるかもしれない。というわけで、2周2Mでみんながあははと笑って、リプレイ鑑賞は撤収。みな、それぞれのエンジン吊りに戻っていったのだった。今垣は、なおも恥ずかしそうに苦笑していた。
_u4w9035  もし予選1位確定の今垣が救助艇に気づかなかったことを考えれば……今垣は魔物の攻撃を跳ね返して、明日のメインカードで白いカポックを着ることになったと言えるのかもしれない。
「春の魔物に勝つものが、多摩川の王となる。」
 この総理杯のキャッチフレーズだ。とりあえず、今垣は今日、魔物の脇をすり抜けてみせたと言えるだろう。
 あ、そうそう。長嶺豊師匠のささやきで判明したのだが、予選6走を1着=3、2着=1、3着=1、5着=1という笠原亮の成績は、4年前の多摩川総理杯とまったく同じ、なのである。しかも準優10R1号艇、という点までも。もしかしたら、笠原はあの日をそのまんま再現してしまうのかもしれない。(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)


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