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この特集では田中工業「黒須田守」をはじめとした5名のライターから競艇にまつわるさまざまなレポートをお届けします。
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 ボートレース特集

THEピット――深い

2009_0723_0259_2  整備室を覗いたら、今村豊が本体整備中。ただし……不思議なポーズを取っている。モーターを触りつつ、うなだれて下を向いているのだ。体調に異変? しかし寄り添っている整備士さんは、むしろ明るい表情で今村を見つめている。今村のモーターに触れている手をよくよく見てみると、両手の人差し指がゆっくりと上下に動いていた。触っている場所は、モーター本体とキャリアボディーの接地面と思われる場所。その微妙な感触を指先でチェックしているようなのだ。うつむいているのは、指先に神経を集中しているということなのだろう。本体とキャリアボディーの接地面は少しでも隙間があるとモーターのパワーはダウンすると聞いたことがある。そうしたあたりを、今村はゴッドフィンガーで確認しているということなのか。
 そのチェックが終わると、すぐに三つ割の整備をし始め(クランクシャフトですね)、いつまで経っても終わらなかったため、確認することはできなかったが、競艇選手は五感を研ぎ澄ませて戦っているのだと改めて知った次第だ。

2009_0723_0402  7Rで、田村隆信が先頭を走りながら、妙に内側を走っているなあと感じた。トップを走っている選手は直線ではおおむねコースの中心からやや外寄りを走るものなのに、田村は反対の水域を走っていたのである。
 なぜなんだろう?
 田村を捕まえられたのは、10R終了後。機力に不満を残している田村は、レース後も必死でペラ調整をしていた。チャンスはエンジン吊りの後しかないと、同期同地区の森高一真が出走していた10R後を狙い撃ちしたのだ。
 話を切り出すと、一瞬キョトンとしたので、こちらの見間違いかと思ったが、田村は「ああ、そう走ってたと思いますねえ」と言った。これって何かをチェックしながら走ってたのですか? そう訊くと、田村は優しげに笑った。
 以前にも聞いたことがあるのだが、先頭を走っている選手には仁義のようなものがあるという。もう逆転されることはないほど盤石な先頭の場合、後方を走る選手になるべく引き波を残さないよう走ることがあるそうなのだ。ターンマークでは仕方がないが、直線なら走る場所によっては後ろを走る艇に余計な引き波を与えずにすむ。どうやら田村は、そうした走りを心掛けていたらしい。
「後ろが山ちゃんだったでしょ」
 2番手を走っていたのは、同期の山本隆幸。だからなおさら、自分の引き波にハマって山本が後退することは避けたかったに違いない。もちろんそれは、田村の超一流の腕があってこそできるもの。トップクラスのレーサーは、我々には想像の及ばないところまでさまざまな目配りをしながら走っているのだと、改めて知った次第だ。

2009_0723_0076  10R前、白井英治が手早くペラをつけて、水面へと向かった。12R出走の白井は、あたりが暗くなってから本格的に試運転をしようというのだろう。遅い時間帯のレースに出走する選手にはよくある姿である。
 ところが……白井は1周しただけで再びボートリフトに収まり、陸の上に戻ってきてしまった。えっ、もう終わり?
 白井はさっきつけたばかりのペラを外して、ペラ室へと直行。おそらくは、水面に出てみて、期待通りの手応えを得ることができなかったのだろう。その行動には、わかりやすい理由付けができる。
 しかし、レースの時間が迫っているというのに、あえて陸に上がってしまう必要はない。係留所でペラの取り外しをしているシーンなど当たり前のものだし、10Rが終われば展示ピットにつけなければならないのだ。引き上げてくるほうがずっと面倒くさいに決まってる。
 それでも白井は、自分のスタイルとして、いちど陸に上がったのである。選手は我々には測り知れないこだわりをもっているのだと、改めて知った次第だ。

2009_0723_0164  SG初出場の石橋道友。いまだ初1着はあげられていないが、懸命な走りで最高峰の舞台に食らいついている。今日も、11R発売中まで試運転を続け、なんとか成績をあげようともがいている様子だった。
 だが、石橋の仕事は走るだけではない。登番が下から2番目ということは、いわゆる新兵である。もっとも登番が若い吉村正明とともに、雑用も大事な任務である。
 石橋の足合わせのパートナーは、笠原亮だった。二人は情報交換をしながら、レースの合間には試運転を繰り返す。笠原もさまざまなアドバイスを石橋に送っているようだった。11R前、笠原が係留所への渡り橋を颯爽と降りていく。それを見た石橋が「リョーさーーーーーん!」と叫びながら走り寄った。
「すぐ行っちゃいます?」
 石橋は困ったような顔でそう呼びかける。石橋には、モーター架台をリフトのそばに運ぶなど、次のレース後のエンジン吊りがスムーズに進むよう準備をする仕事があるのだ。自分の試運転はそのあと。だから、リョーさん、ちょっと待っててはもらえませんか、ということなのだろう。笠原は一足先に係留所に降りて、石橋が仕事を終えるのを待った。選手たちは自分のことだけ考えるような利己的な性格では務まらないのだと改めて知った次第である。

2009_0723_0416  その笠原亮は、明日、勝負駆けである。ボーダーを6・00とするなら、14点=2着3着が必要となる。モーター室の入口に貼り出されている前夜版を眺めていたら、笠原が「あとちょっとですよ」と笑顔で声をかけてきた。あとちょっと、とは、自分の求めるアシが仕上がるまであとちょっと、というほどの意味である。明日は2着3着ですね、と言葉を返して、少し後悔する。笠原にとって、ポイントを積み重ねて勝負駆けを成功させる、なんてことは小さいことだ。目指すは1着のみ。そして、自分らしいレースをすることこそが重要、なのである。しょっちゅう言葉を交わしているのに、僕もまだまだ甘い。
 並んで笠原の明日のレースを探す。7Rと12R。これがまた、なかなか脂っこいメンバーである。7Rは1号艇に師匠の服部幸男がいる。12Rはそもそもエンジンメンバー上位のレースだ。あらぁ、これはキツいところに組まれたなあ、と顔をしかめていると、笠原自身は変わらずニコニコしているのだった。そうなのである。笠原にとって、メンバーがどうこうというのも、小さいことなのである。どんなメンバーであろうと、全力を尽くして1着を目指すのみ。自分好みのアシさえ来れば、どんなレースであろうと楽しんで勝利を追求できる男なのだ。僕も本当に甘いな。
 実際、笠原は明日のレースに思いを馳せて、それを楽しみにしている様子だった。この男のピュアなレーサー魂は日々磨きがかけられているのだと、改めて知った次第である。(PHOTO/中尾茂幸 TEXT/黒須田)


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