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この特集では田中工業「黒須田守」をはじめとした5名のライターから競艇にまつわるさまざまなレポートをお届けします。
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THEピット――こもごもの

2009_0729_1029 「おうっ!」
 ピットに着くと、いきなり服部幸男がコッチに右手を挙げてにっこり笑った。
 ま、まさか、私にっ??
 確かに、3度ほどインタビューをしているのだから、知らない間柄ではない。戸惑いつつ、私もそろりと右手を挙げようとすると、後ろから「どもっ」とどこかの記者さんが服部に右手を返した。だよねぇ。手を挙げなくてよかった。
 とにかく、服部の笑顔が目に心地よい。隣の中尾フォトアーティスト(自称)も、「前検で服部のあんな顔、なかなか見れないよ」。SGを終えて、我が家に帰ってきた。皆さん、我が家にようこそ。そんな笑顔だ。

2009_0729_0465  続いて目にとまったのが、服部の愛弟子の笠原亮。こちらはちょっと顔にトホホ色が浮かんでいる。まだ試運転もしていないのに? 私はK記者の受け売りネタで声をかけてみた。
「若松オーシャンは、最終日に“節イチ”になったみたいですねぇ(笑)」
「あれ、誰がそんなコトを……あ、もしかして?」
「そう、あの人ですよ。最終日はホントに出てましたね」
「ね、あれはホントに出てたでしょ!」
「あの足が初日からくれば、ですよね」
「そう、そうなんですけど……」
 笑顔がまたトホホ顔に変わり、こう続けた。
「イマイチだから……」
「何が?」
「選手が……」(苦笑)
 てっきりモーター出しの話かと思ったら、「選手が」ときた。アテが外れて、返す言葉を失う。笠原のトトホ顔が続く。
「なんか、爆発力がないっすよね、最近。いつも何かが足りない」
 さらに私は絶句する。なんて自分に正直な選手なんだか。気の利いたフォローのひとつもない私に代わって、元「花の69期」のレポーター野中文恵さんがピシリと一言。
「だったら今節で突き抜けようね、せっかくの地元GIなんだから」
 さすが大先輩の一声。これでトホホ顔は吹き飛び、笠原はキビキビと話しはじめた。
「そうですよね! ココも若松も回らない水面だから、きっとペラも合うはずだし。今節は新ペラと若松のペラと去年の夏に使ってたペラを持ってきてるんですけど、きっちり合わせてみせます。浜名湖も、前よりはだいぶ調子いいですから!」
2009_0729_0312  師弟の笑顔を拝んでから、ピットの奥へと歩く。次に出会ったのは、中尾フォトアーティスト(自称)の“弟子”山崎哲司だ。何の師弟なのかはさっぱりわからんが。
「ダービー、もうないっすか?(笑)」
 私と目が合うと、山崎は開口一番こう切り出した。ダービー勝率が足りてないか、という意味だが、もうとっくに赤信号が点っていることは本人がいちばんよく知っている。1カ月ほど前から“中尾師匠”が毎日せっせと愛弟子のダービー勝率を計算していた。それを踏まえてのジョークだ。
「残念ながら、15年ほど前にダービーの目はなくなったかな。それより今節優勝して、来年のオーシャンカップを決めちゃいましょうよ」
2009_0729_0337  私もジョークを交えて切り返すと、山崎はちょっとだけ真面目な声でこう言った。
「うん、優勝戦3着とかでもだいぶ(オーシャンカップの点数を)稼げますからね。頑張りますよ」
 聞きながら、私の目はあらぬ方向にいく。整備室から出てきた菊地孝平を、記者たちが取り囲んでいる。菊地の目は明らかに緩んでいて、何度も爽やかな笑みがこぼれる。SGを獲っての凱旋シリーズ。その話題性とゆとりの笑顔が記者たちを吸引し、ピット全体の雰囲気を形成している。そんな気がした。SGほどの逼迫感はなく、一般戦ほどの緩慢さもない。GI特有の空気の中で、選手の表情や思惑も千差万別なのだ。
 そんな中、明らかに気配の違う選手がいた。松本勝也だ。明日から2日間、松本はギリギリのダービー勝負駆けに挑む。パワー劣勢のオーシャンカップでも素晴らしい闘志を見せた松本の、最後の勝負駆け。正直、松本が今節のGIを欠場すれば、ほとんどダービー出場は安泰だった。その選択もありえた。だが、彼はいまここにいる。
 松本は整備室の中をひたすら動き回っていた。他の選手が1往復する間に3往復のペース。今までのモーター別整備リストを凝視し、申請書に何事かを書き込み、整備士から部品を受け取り、別の整備士と話し込み、また逆の方向に行って部品を渡し……それらを繰り返しつつ馬袋義則にチャチャッとアドバイスしたり。追いかける目が疲れるほどだった。
2009_0729_0323  あるいは、その八面六臂の活躍?がいつもの松本勝也流なのかもしれない。だが、私にはやっぱりその動きは勝負懸かっているように見えてしまう。尼崎ダービーへ。整備も終わりに差し掛かったころ、私は松本の元に向かった。松本と話すのははじめてだった。
「松本さん、勝負ですね」
 ボルトを締めながら、松本は目だけをこっちに向けた。
「え、なんのぉ?」
「ダービーです」
「あ、そやな」
 ぼんやりしつつ、少し突き放すような口調。ちょっと心が震えたが、私はいちばん聞きたかった質問を口にした。
「ぶっちゃけ、ここを休むっていう選択肢はなかったんですか?」
 松本は顔と目を同時に向けた。真っ直ぐ。そして、言った。
「なんでそんなネガティヴなことを考えなきゃいかんのや、な。そんな選択はありえん。プロなんやから、な。せっかく浜名湖さんが呼んでくれたんやから、なぁ」
 私の目をまっすぐ見て、松本はこれだけの言葉を一気に言った。私が期待していた以上の言葉だった。軽くいなされるか、あるいは「ふざけるな!」と一喝される事態まで覚悟していたのだが、松本の語尾の「な」には怒りや苛立ちはなかった。「それくらいのこと、もちろんわかってて聞いてるんだよな」という感じの穏やかな「な」と「なぁ」だった。松本の選択はたったひとつ、当たり前の選択しかなかったのだ。
 何秒か見つめ合ってから、私は「ありがとうございました」と頭を下げた。松本の言葉に痺れきっていた。松本は当然だろ、という風情で「あいっ」と答え、またその鋭い目をモーターに戻した。
 明日の5R、迷うことなく鉄火場へ駆け込んだ松本勝也の、勝負駆け第1ラウンドがはじまる。(Photo/中尾茂幸、Text/H)


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