この特集について
ボートレース特集 > THEピット――ストイックな会話
この特集では田中工業「黒須田守」をはじめとした5名のライターから競艇にまつわるさまざまなレポートをお届けします。
ライタープロフィール
カテゴリー
関連リンク
競艇サポーターズ
関連書籍

 ボートレース特集

THEピット――ストイックな会話

 何年かピット取材をしているし、インタビューをした選手も増えてきているから、これでも親しく言葉を交わす選手は何人かいる。もちろん、雑談をするためにピットに入るわけではないから、親しくといったって会話の中身はレース、しかも目の前のレースに関することが圧倒的となる。狙ってそれ以外の質問をぶつけることもあるし、選手のほうから雑談を振ってくれることもあるが、それはむしろ例外。お互い仕事中なのだ。しかも相手はガチンコ勝負の場に身をさらしているのだ。どれだけ心安い相手であっても、常に気を使って接するのが当たり前だと思っている。
 そうしてみると、選手のその時々の変化が非常にわかりやすくもなる。今節でいえば、いつにも増してストイックな雰囲気を醸す選手が多いように思う。
2009_0825_0826  いつもなら、顔を合わせるなり快活に挨拶をしてくれる菊地孝平。今節も、笑顔を向けてはくれるものの、挨拶以上の笑顔にはならない。むしろ、笑顔に力がないように思える。思考の森をさまよっている最中にたまたま出会った知り合いを、無視はしないが思考が優先。そんな感じだろうか。
2009_0825_0230  今垣光太郎も菊地と近いものがある。もともと、いったんブリンカーがかかるとがーっと一点に集中する今垣だから、決して不思議なふるまいではない。だが、ここのところの平常心に比べれば、今節はやや肩に力が入った印象がある。まあ、笹川賞やグラチャンで、光ちゃんのほうから声をかけてきたのは、予選最終日や準優、勝負が懸かる日だった。やれることをやり尽くしたあとに、視野が狭くなりがちな勝負日だからこそ平常心に戻ろうとする、ということだったのかもしれない。
 面白いのは、菊地は今節、今垣は前回のオーシャンカップから、こうした姿が見られるようになっていることだ。つまり2人も、「SGを制した、その次のSG」から、微妙な表情の変化があるわけである。賞金王を当確とし、いろんな意味で余裕が出てきているはずのタイミングで、よりストイックな方向に向かっている菊地と今垣。
2009_0826_0455  その意味では、井口佳典がモードに入っているように見えるのは、自然なことと誰もが思うだろう。2つのSGをF休みで棒に振り、賞金ランキングは50位前後。賞金王のディフェンディングチャンプが崖っぷちに立たされているのだ。このMB記念はすでに勝負駆けの端緒となるレースであり、レースや整備に集中したいのが当然である。井口とは、ついこの間いっしょにトークショーをやったばかりだし、いつもなら顔を合わせるやパッと笑顔を向けてくれるのだが、少なくともシリーズが始まってから、井口とは顔を合わせる機会すらない。ニアミスしても、言葉をかけるタイミングがわからない。井口のピットでの表情を垣間見るにつけ、声をかける勇気は奪われていく。
2009_0826_0512  三嶌誠司も、いったんスイッチが入れば、普段の優しさが別の人のものかのように、厳しい顔つきになってくる。まだリラックスしているときには、ピットをぶらついているこちらに気づくと彼のほうから声をかけてくれることもあるが、闘魂モードに入った時には、ほんの数10cmのところをすれ違っても、こちらには気づかなかったりする。今日もそうだった。僕の背中のほうからすぐ左脇を通り過ぎた三嶌は、無言で自分のボートに向かった。こちらから歩み寄って挨拶をすると、すぐに笑顔になり「あぁ、クロちゃん。おはよう」と優しい誠やんモードに。だが、挨拶を交わしたあとはすぐに闘魂モードにスイッチが切り替わり、モーターとにらめっこが始まった。眉間にはぐっと皺が寄っていた。
 そんな種類の選手で、もっとも典型的なのは、森高一真だ。もっとも仲のいい選手の一人だと僕は思っているが、最近ではピットで普通に会話を交わすのは前検日か最終日に限られている。つまり、レースを前にすると森高は、こちらと会話を交わそうともしなくなるのだ。挨拶してもコワモテの顔でおぅとか返すのみである。
 今日も装着場で見かけたので、まずは挨拶。そして、「おぅ」。とりあえず視線に激励の思いを込めて何度か会釈、それだけで立ち去ろうと森高に背を向けた。
「おぅ、クロちゃん」
 驚いた。予選3日目なんてタイミングで、森高が会話を仕掛けてきたことは、ここ1年はなかったことだ。
2009_0826_0507 「俺、6回乗りや」
 6回乗り……。それをわざわざ口にしたのは、田中信一郎の帰郷で回数が変わったということなのだろう。2日目を終えて3走9点が森高のポイント。5回乗りならピンピンで1点足らず。6回乗りなら残り3総を27点で6・00には届く。
「……残ってる!」
「おぅ、まだ残っとる」
「チャンスだ!」
「おぅ、やれるだけのことはやってみるわ」
 エンジンは……と言いかけてやめた。以上の短い会話は、機力より気力である、という内容である。
「まあ、いくらスタート行っても、逃げられなきゃアカンわな」
 昨日の1号艇のときの話だ。コンマ01。しかし、3着。
「あれ、放った?」
「放ってない」
「全速! それでコンマ01に残ったことが重要でしょ?」
「いや、逃げられてないんやから」
「でも、行く気で行ったってことでしょ」
「まあな。まあ、このあとも頑張るわ」
 こんなに長い会話が予選道中で成立するとは……。ニヤリ笑って係留所に降りて行った森高に、「残り2日間、しっかり見させてもらいますよ」と言うと、森高は「おぅ」と言って笑った。
 4Rは2着。もちろんまだ残っとる。(PHOTO/中尾茂幸 TEXT/黒須田)


| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
コメント
コメントを書く




※メールアドレスは外部には公開されません