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この特集では田中工業「黒須田守」をはじめとした5名のライターから競艇にまつわるさまざまなレポートをお届けします。
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THEピット――王者教室

   11R。川上剛は、1Mを回って3番手。しかし、外には6号艇が併走して、競り合いの状態となっていた。
 その6号艇とは、松井繁。
 初めてのSGで、川上は王者と競るという、光栄なのか不運なのか、どちらにも転がり得る事態を迎えたのだった。
 松井と走るのは初めてではないだろうが、これはSGである。厳しさは他の舞台とは違って当然。同時に、川上も今までとは違う舞台だという意識もあっただろう。
2009_0826_r11_0875_2  決着はあっさりついた。2周1マーク。松井が外マイで川上を抜き去って行った。引き波をずっぽりとなぞる不運はあったものの、川上があしらわれたとさえ見える展開。逆に言えば、松井はどこを通ればいいのかよくわかっていたわけで、川上は格通りに捌かれたという印象すらあった。
 レースを終えて、ピットに引き上げてきた川上は、ヘルメットをさっと脱ぐと、同県の仲間たちに露骨な苦笑いを見せていた。やっちまった……。いや、違う。やっぱりやられてしまった……。それも違うか。松井さん、強ぇぇぇ……。少し近くなったかも。これがSGなのか……。まあ、そうした思いが複雑に絡み合って、川上に苦笑いを浮かべさせた、と考えてもらったらいい。その苦笑いを顔面上でフリーズさせたまま、仲間が引くボートを追従して歩く川上。力ない足取りは、まるで磁石で引っ張られている人形のようだった。
2009_0826_0822  「タッケシぃぃぃ~~~~!」
 お前、何やってんだよっ!てな勢いで川上の名前を呼んだのは三井所尊春である。三井所は、キッと川上の顔を見据えながら歩み寄ると、腰のあたりを抱いて、カツを入れるように言葉を投げかけた。川上が事情を丁寧に説明している間も、三井所は凛とした視線を外さない。つづいて、上瀧和則も「まったくもう」てな視線を向けつつ、川上に近寄る。三井所が話しているから、あえて口を出しはしなかったが、上瀧も同じ思いで川上を見つめているように思えた。この男気満点の先輩には、少しだらしないレースに映っていたのかもしれない。
2009_0826_0484  他の選手も、おおむね、「やられちまったな~」的な視線を川上に送っていた。相手が松井さんなら仕方ないよ、という意味の視線もあったように思う。平田忠則の、苦笑しつつも優しさを向けた視線も印象的で、ともかく九州勢はみな、王者と競り合い、捌かれた川上と、何らかの思いを抱きつつ接していたようだった。

2009_0826_0139 カポック脱ぎ場で川上は、まず戦った選手たちに頭を下げて回っていた。後輩としての礼儀である。坪井康晴が「はぁい、お疲れ~」と優しい言葉を返す。勝利者インタビューにせかされていた魚谷智之は、一瞥してペコリと頭を下げ返す。村田修次には、ごめんなさい、という言葉が出た。川上は4カド、村田は5コース。しかし川上は最内差しを放ったので、村田はその上を行かざるをえなくなっていた。僕がマクれば差し場ができたのに、というような意味のごめんなさいだと思うが、村田は2着をきっちり獲っていたので、ノープロブレムである(もちろん、着順が下でも無問題だったと思う)。
 ひとしきり挨拶が終わると、川上はそばにいた岡崎恭裕にこう言っている。「何をされてしまうんだろうと思った」。2度3度そう繰り返した川上は、少し肩をすくめるような仕草も見せていた。本人に確認はしていないが、勝手に翻訳するとこういうことだろう。
2009_0826_0654  松井と競りになった。松井はあの手この手で捌きにかかるに違いない。何しろ、王者と呼ばれる艇界のトップだ。若造の自分など、あっさり捌くに違いない。いや、本当に怖いのは、自分が粘ったときか。松井は王者の意地にかけてでも、自分を競り落とすに違いない。そのとき、何をされてしまうんだろう……。
 そう考えた時点で、川上の敗北は決まっていたのかもしれない。SG初出場の若者を責めることなどできるはずもないが、機力よりも精神のパワーが松井より5~6艇身も負けていたと言わざるをえない。もちろん、それで当たり前だと思うが……。
 遅れて、松井がカポック脱ぎ場にあらわれた。川上は、表情を一瞬だけ硬くして、松井にも頭を下げている。松井は、おぅ、とばかりにうなずいて、うまそうに水を飲み干した。きっと他意はなかったと思うのだが、僕にはその仕草が川上に余裕を見せつけているもののようにも見えたのだった。

「松井さん、お願いします」
 突如、川上が松井に声をかけたのは、カポック脱ぎ場の目の前にあるモニターが、リプレイを映し出したときのことだった。
 えっ、松井さん、お願いします…………?
 松井が、川上の呼びかけに応えて、モニター前に歩を進める。並んで画面に見入る。
 地区的なつながりは、ない。今節はまだ3日しか経っていないが、二人の絡みは一度も見ていない。ようするに、二人の関係性はまったく見えてこない。松井にとって川上は広い意味の後輩で、川上にとって松井は仰ぎ見る存在。二人を結びつけるアイテムは、いくら考えても見当たらない。
2009_0826_0726  自分だったら、と考える。SG初出場で、王者・松井に何かをお願いすることなんてできるだろうか。できないな。コンマ15秒で結論が出る。絶対に尻込みするし、怖気づくし、言葉を交わすことすら勇気がもてない。しかし、川上は迷うことなく松井と面と向かった。
「松井さん、僕、どうすればよかったんですかね?」
 ついさっきまで競り合った相手、しかも王者に、川上はアドバイスを求めている。たとえば、瓜生正義なり平田忠則なりに、それを問いかけるのなら理解できる。しかし、競り合いの当事者であった王者に、自分から声をかけていくとは……。耳を疑ったし、二人の表情を見る勇気すら僕にはもてなかった。そして、川上の栄えある将来性を確信するしかなかった。
 1マークを回ったあとから、松井は川上に丁寧に言葉を投げていった。川上は、「はい。はい。はい」と丁寧に返事をする。申し訳ないが、具体的な会話はここでは書かない。なぜなら、これは川上剛が自力で獲得した「王者教室」だからである。まあ、レーサー同士にしかわからない会話もあったんだけど……。
 ひとつだけ書かせてもらうとするなら、この言葉だ。
「着をキープしようとしているところはないか? むしろ、前へ前へ、という気持ちだ」
 正直、相手があなたでそれができる若者はなかなかいないでっせ……とも思ったが、王者と呼ばれるようになってもなお、そう心掛けて走っている松井繁という男に震えた。
2009_0826_r11_0887 もうひとつだけ。3周1マーク、川上は内から松井に突っ込む素振りを見せている。もちろん松井は軽々と交わし去っているが、川上は「ここ、すみませんでした」と謝った。
 松井は、一瞬の間をあけたあと、言った。
「お前が来なかったら、俺が2等や」
2009_0825_0597  大笑いしながら、川上の背中をポンと叩く。力強く、それでいて優しく。
 川上は、明らかに闘魂を注入されたかのように、背筋を伸ばして「ありがとうございましたっ!」と言った。松井は背中越しに右手をあげて、軽い足取りで去って行った。
 ふと、川上の表情を盗み見ると、神妙な表情でふたたびモニターを見上げていた。モニターが映し出していたのは、ゴールの瞬間。それでも見上げずにいられない川上の視線が、そのあたり一帯に神聖な空気を作り出していた。(PHOTO/中尾茂幸 TEXT/黒須田)


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やっぱ王者やな~強いし、上手いおっしゃる事も風格ですな~
でも間違いなく剛も強くなる!その向上心なら

投稿者: ジャンク (2009/08/27 12:40:18)
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