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この特集では田中工業「黒須田守」をはじめとした5名のライターから競艇にまつわるさまざまなレポートをお届けします。
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THE ピット――賞金王決定戦。王者の涙

_u4w9758  午後の早い時間帯においては、決定戦ファイナルの日であることを思えば、おだやかな空気になっていた気がする。毎年、この日を迎えると感じられる、ピリピリとした痛いような空気は、こちらの肌には突き刺さってはこなかったのだ。
 7レース前、松井繁が鎌田義に対して「雨、降ってきたで」と声を掛けたときには、これから各選手の調整が慌ただしくなっていくのかとも予想されたが、その雨はすぐに一端止んでいる。
 その後も決定戦出場選手のそれぞれが、10レース前までペラ調整を中心にした作業をしていたが、個人的な感想としては、殺気立つような作業をしている選手までは見当たらなかったのだ。
 ただ、7レースのあと、待機ピット沿いの水面上でボートをゆっくりと動かしていた1号艇の坪井康晴の顔を見たときは、やはり今日はファイナルなのだと、あらためて実感された。緊張で顔がこわばっていたわけではないのだが、集中力を高めて、雑音には耳を貸さないようにしているその表情が、1年に一度の聖戦が間近に迫っていることを教えてくれたのだ。
 また、8レース後のスタート特訓で、5号艇の吉川元浩がダッシュスタートのあとスロースタートの練習をしているところも確認されて、本番がどんなレースになるかと、想像もふくらみはじめた。

_u4w9696  スタート展示においても、「動き」は見られた。
 2号艇・瓜生正義のピット離れが良くなかったためではあるが、朝の優出インタビューにおいて、「ひらめきを待っています」と話していた松井繁がコースを獲りに行ったのだ。これが“シリーズ効果”といえるものなのかはわからないが、こうした松井の動きによって、決定戦が「戦い」の意味を強くしたのは間違いない。
 10レース頃からまた雨が降り出して、11レースにはナイターの照明も灯された。それでも、12レースが近づくと、雨もほとんど止んで、ピットに出てくる選手が増えてきた。
 そして迎えた12レース、決定戦ファイナル戦――。
 進入で松井は動かなかったものの、1マークで松井が絶妙の差しハンドルを入れると、「やったあ!」とピットでは歓声がわき上がる。そして、1周2マークで勝利が確信されると、その時点ではもう、大きな拍手が起きていた。
 ピットにおける松井の動きについては、過去のSGなどで何度も「ここまでやるか!?」と驚かされ続けているので、今日の松井に対して、特別な驚嘆はしていなかった。
 だが、ここで改めて振り返ってみれば、やはり今日1日を通して、ほとんど休むことなくピットに姿を見せていたのが松井だったのだ。

_u4w0497  ピットに引き上げてきた松井は、喜びを露わにすることはなく、感極まった顔をしているようにも見えていた。
 その後すぐ、地上波テレビのインタビューを受けていたときも、その印象は変わらなかった。
「ちょっと優勝はできないと思っていたんですけど……」「展開は考えず、チャンスが来たときには逃さない足をと思って、やっていました」と語っていたが、それらの言葉が今日の松井を何より雄弁に物語る。
 最初から、ほぼ仕上がっていた足ではあっても、さらなる上積みを求めて作業を続けた……。そして展示でピット離れに遅れた選手がいればコースを獲りに行き、レースの中で差し場ができれば、そこを逃さずハンドルを入れる……。
 そうして掴み取った優勝だったのだ。

_u4w0513  地上波のインタビューを受けてウィニングランに出ていく直前、松井は、ピットに呼び入れられた娘さんとしっかり抱き合った。
 それと同じような光景は、3年前の住之江でも見ていたが、そこから受ける印象はずいぶん違った。3年前に目にした奥さんとの抱擁は映画のシーンのように美しく見えていた。しかし、今回、娘さんと抱き合っていた松井は、そうしていながらも何の言葉も口にはできずにいるようで、あまりに生々しく見えたのだ。
 表彰式においても松井は、繰り返してファンへの感謝を口にして、目に涙をにじませていたものだった。
「今日の6人のなかではいちばん強い気持ちで臨めて、そのおかげで勝てたんだと思います」と松井は言ったが、決定戦に懸ける松井の気持ちはそれだけ大きなものであるわけだ。
 そんな松井には、これからもしばらくは「王者」として君臨していてもらうしかないだろう。

_u4w0463  ただ、この決定戦に懸ける気持ちの強さという点においては、他の5人もそれほど大きくは負けていなかったのではないかと思う。
 とくにレース後の坪井の表情はあまりにも厳しく、痛々しいほどにわかりやすく、肩を落としていたものだった。
 レースからピットに引き上げてきたときは、高く手を突き上げている松井の傍で、ボートに乗ったまま頭を下げて謝っているようにも見えていたが(うなだれていただけだったのかもしれない)、自分のためにも周囲の人たちのためにも、「勝たなければならない」という気持ちは強かったはずだ。だからこそ、1号艇を掴んでいながら、賞金王になれなかった自分を、簡単には許せなかったに違いない。

_u4w0002  田村隆信にしても、レース後の表情は本当に悔しそうなものだった。
 BOATBOy12月号の中でも、現在の悩める心境を吐露していたが、銀河系軍団の先駆者でありながら、近年、遅れを取り出していた中で、ここに懸ける気持ちは相当に強かったのだろう。
 この決定戦の中で、田村がとびきりのスパイスであり続けていたのも事実のはずだ。
 感無量の男がいれば、口惜しき男たちがいる。
 ここでは名前を挙げなかった瓜生や吉川、池田浩二にしても、この舞台での敗戦を、簡単に受け入れられるはずがない。
 だが、そうした想いが重なり合って、選手たちは強くなり、競艇はよく面白くなっていく。それだけは間違いがないことだ。
 今年の賞金王決定戦は、シリーズ戦とともに、競艇にとっての曲がり角になっていたのかもしれない。
(PHOTO/池上一摩 TEXT/内池久貴)


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