この特集について
ボートレース特集 > THEピット――敗者の笑顔、勝者の笑顔
この特集では田中工業「黒須田守」をはじめとした5名のライターから競艇にまつわるさまざまなレポートをお届けします。
ライタープロフィール
カテゴリー
関連リンク
競艇サポーターズ
関連書籍

 ボートレース特集

THEピット――敗者の笑顔、勝者の笑顔

2010_0124_0360 「やった、やったっ! タカシ、やったっ!」
 渡辺浩司をはじめとした福岡勢がバンザイして今井貴士を出迎えている。たしか今井はシンガリ負けだが……。ボートの上からおどけたふうに、今井が応えている。
 うーん、この明るさは何だ?
 もちろん、そうしてからかってみせることが、彼らなりの優しさなのだとはわかっている。P離れで遅れて6コース、何もできずに6着。やっちまった今井を、深刻な顔で出迎えても仕方がない。今井も、大きな後悔があるには違いないが、仲間が騒いでいる以上、肩を落として帰ってくるのは無粋だろう。
 やるせなく笑う今井の力ない表情は、そんな気遣い方をする大量の福岡勢のなかに溶け込んで、やがて穏やかなものになっていくのだった。
2010_0124_0193  今井だけではない。敗れた選手たちは、おおむね笑顔だった。小坂尚哉がヘルメットを脱いだ瞬間、蒼ざめた顔をしていたのは印象的であったが、やはり仲間が彼を癒し、小坂は顔色を取り戻していっている。大峯豊も、馬場貴也も、新田雄史も、ひとまず笑顔で控室へと向かい、その笑顔を保ったまま、モーター返納作業にかかっていった。
 うーん、皆が皆、笑顔かあ……。

 まあ、人は悔しくても悲しくても笑えるものである。むしろ、悔しさを覆い隠すために、笑顔を作ることだってある。同世代の仲間たちに囲まれて過ごすレース後だ、笑顔が多いのは当然ともいえる。
2010_0124_0064  一瞬、大峯が放心状態になっているのを目撃した。小坂尚哉が溜め息をついたのも目撃した。今井貴士の顔つきは、プロペラを外しながら次第に暗くなっていくようにも見えた。
 そりゃあ、そういう場面がなければおかしいのである。
 悔恨の中の笑顔。そんなことを考えて、ちょっとだけ切ない気分になった。もしかしたら、傾く夕日に照らされたピットの雰囲気に感化されたのかもしれないけど。
2010_0124_0264  いや、馬場貴也の表情を見ているうちに、その思いはさらに強くもなったのだ。馬場はプロペラを外しながら、整備室の壁にかかっているモニターを見上げていた。映されているのはリプレイ。それを凝視していたのだ。満面の笑みで。最高の笑顔で。
 なぜだ。馬場がそんな表情になる瞬間が、優勝戦のレースにあっただろうか。いや、瞬間どころじゃない。馬場の笑顔はモニターを見上げている間、ずっと保たれていたのだ。まるで笑顔のままフリーズしてしまっているかのように。
 そういうものを、心からの笑顔、とは言わないだろう。
 モーター返納を終えた敗者たちが、ヘルプした仲間たちと並んで、控室へと帰っていく。大峯が同期の友に話しかけた。
「でも……ブス(が勝ったん)だもんな」
 やっぱり誰一人として、心からの笑顔を見せてはいなかったのだと思う。

2010_0124_0304  心から笑っていたのは、もちろんただ一人だ。
 毒島誠、第24代新鋭チャンプに!
 歴史に刻まれても不思議のない名勝負を制したのだ。レース内容については別項に譲るとして、あれほどのデッドヒートを制した者は、他に比するものなき充実感を手にできるというものだ。
 と、ここでその敗者について、だ。皆が皆、笑顔。それは、毒島に競り負けてしまった新田雄史も同じことだった。しかし、新田は敗者の中でただ一人、心からの悔恨を思い切り表現しているのだ。
_u4w4151  篠崎元志が声をかけた瞬間だった。
「ヴァァァァァァァァァァァァ!」
 新田は天を仰ぎ、咆哮した。同期生からのねぎらいに、新田は心の内をさらけ出した。表情は引き続き笑っていても、その叫びは「もっとも悔しい者は、もっとも栄光に近づいた者」という真理をあらわしていた。
 そりゃあ、そうだよな。新田は誰よりも悔しい負け方をしたのだ。そして、もっとも神々しい負け方をし、もっとも神々しい悔しがり方をした。もしかしたら、その瞬間の新田は、この日のピットで誰よりも美しかったかもしれない。
 いや、やっぱり心からの笑顔を見せている毒島もカッコ良かったな。
 進藤侑、亀山雅幸の同県同期勢に祝福される毒島は、新田の咆哮よりも大きな声で、「やったぁぁぁぁぁぁ!」と叫んだ。そりゃそうなのだ。最高に幸せな勝利をおさめた毒島が、全身で幸せを表現していなければおかしい。というか、そうすることが敗者に対する礼儀であるようにさえ思えた。
Suijin_33  会見でも毒島は、たくさんの笑顔を見せた。1周2Mのターンミスに対しては苦笑いだったけど。あと、元選手である奥様の池田幸美さんとのなれそめを聞かれたときには、照れ笑いしてたけど(「ぼくが惚れたってことにしといてください」だってさ。ごちそうさま)。その笑顔を見ながら、勝負にはやっぱり勝たなきゃいけないな、とも思ったし、だからこそ敗者たちの笑顔もまた美しいのだと考えていた。

 それがともあれ、笑顔満開の優勝戦後。これが新鋭王座らしさなのかどうかはともかく、彼らの若さが本当にうらやまし……いや、素敵だと思った。
 第24回新鋭王座決定戦。面白かったな。(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩=新田、毒島と92期勢 TEXT/黒須田)
 


| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
コメント
コメントを書く




※メールアドレスは外部には公開されません