この特集について
ボートレース特集 > THEピット――THE準優
この特集では田中工業「黒須田守」をはじめとした5名のライターから競艇にまつわるさまざまなレポートをお届けします。
ライタープロフィール
カテゴリー
関連リンク
競艇サポーターズ
関連書籍

 ボートレース特集

THEピット――THE準優

9R 不思議な雰囲気

_u4w5736 濱野谷憲吾が苦笑いしていた。
「総理杯と同じような感じになってしまった」
 いったんは先頭に立ちながら、2周ホームで追いつかれ、逆転される。あの優勝戦のことだ。あのときも、岡崎恭裕の超抜パワーにしてやられた。そして今日、湯川浩司の快速仕立てに逆転された。たしかに、苦笑いするしかない。
 優出はめでたいことだ。だが、濱野谷がそんなふうだから、出迎えた関東勢も気勢をあげるわけにはいかない。濱野谷の表情にあわせて、苦笑いを返すしかない。
 一見、優出を決めた陣営とは思えないような、不思議な雰囲気。
_u4w5554  もっとも、それは前向きな苦笑いではあっただろう。沈痛だったのは、毒島誠だ。ヘルメットの奥では当然、表情をなくした瞳があった。自分の上を叩いていく湯川を、毒島はどんな思いで見ていたのだろう。開けていたはずの優出への扉は、あの瞬間にひとまず閉じてしまった。
 カポック脱ぎ場に戻って装備をほどくと、毒島は即座にモーター格納へと向かっている。ふつう、着替えを終え、一服などしてから作業に取り掛かるものなのに、汗なのか先陣の水しぶきなのか、びしょ濡れの乗艇着を脱ごうともせずに、毒島はその場を離れたのだ。気になるところがあったのかもしれない。毒島にとってはルーティンなのかもしれない。しかし、その表情を見ていると、悔恨をまぎらすには一人、作業に没頭するしかない……そんな雰囲気に見えたのだった。
2010_0718_0252 それとまったく対照的だったのは湯川浩司だ……とはならない。毒島の表情を見て、即座にそうした予定稿が頭に浮かんだが、不思議なことに湯川はあくまで淡々としていた。勝ってカブトの緒を締めているようにも見えるし、何か別の思いがあるようにも見える。なんだか芦屋グラチャンを制した直後の頃に似ているなあ、などとも思うが、本人には確認できていないままだ。
 ただ、ひょうきん者の素顔まで隠れてしまっているわけではない。11Rの進入を水面際で見ていると、突如となりにやってきて、アーウー言っているこちらに合わせてくれたりもする。インタビューを受けている様子を遠目に眺めていると、こちらに視線を向けてニッコリと微笑んだりもする。そうした点は、気分上々の湯川浩司、あるいはめっちゃ強い湯川浩司と何も変わらないのだが……。
 だからこそ、レース後の淡々とした様子が、おおいに気になるわけである。

10R ポールポジションが決まって

2010_0718_0494 「まあ、俺が2コースに入っていても、栄蔵にまくられていたわな」
 松井繁が、カポックを脱ぎながら爽快に笑っていた。レースに敗れた直後の松井としては、実に珍しい光景である。リフトから上がってきた直後には、作間章と1分ほど話し込んでいる姿もあった。これもそうそう見られるものではない。いつもであれば圧倒的に、ひとり悔しさを噛み締めている姿が多いからだ。
 あの展開では仕方がない。Sでのぞいた20号機を駆る辻栄蔵が伸びていってしまえば、いかに王者といえどもどうにもできない。悔いのない負け方というものがある。同時に、悔いすら浮かびようのない負け方もある。こうしたとき、すぐさま割り切って前に進むのも王者の条件。
「まあ、こういうことだわな」
 スリット写真を覗き込んだ松井は、一人、そう呟いていた。きっと松井は今日の記憶を近いうちに呼び起こし、リベンジの一撃を次のSGに携えて臨むのだろう。
2010_0718_0529  その辻栄蔵は、今日も朗らかにカポック脱ぎ場を盛り上げていた。そのうえで、自分と競って転覆し、医務室に担ぎ込まれた高沖健太を気遣い、着替えを終えると即座に様子を見に行ってもいる。つまり、そういう男なのだ。
「久々の優出だから緊張しています……と書いておいてくださーい」
 そう言って報道陣を笑わせた、共同会見の締め。ここにも気遣いの一端がうかがえる。
 気になるパワーは、「今日はペラを変えて出足をつけた。その分、伸びは落ちた」とのこと。明日は出足を生かすか、伸びを活かすか、一日じゅう考えることになりそうだ。
「夜のスタートはぜんぜん見えてないですね……あ、ペラ変えたから、勘が変わったんだ」
 やはりサービス精神を忘れない、辻栄蔵なのである。
2010_0718_0780  10R、最大の注目は、やはり石野貴之ということになるだろう。久々のSGで、いきなりのSG初優出。「僕のが一番出ていると思います」とはっきり節イチ宣言を放ったのだから、ハートの強さも並大抵ではない。やまと世代第3のSGウィナーとなる可能性は、相当に高くあると言うべきだろう。
 11Rが終わって、真っ先にボートリフトに向かった石野に、井口佳典が抱きついている。山本隆幸が声をかけ、吉田俊彦も後からケツをぽんぽんと叩く。さらに、松井繁もやってきて、笑顔でアドバイスを送るような様子で言葉をかけていた。
 石野は優勝戦1号艇となったのだ!
 そのときの石野の顔は、ちょっと困ったようなふうもあって、笑顔はどちらかといえば苦笑いに近かった。そりゃそうだろう。石野は会見でこう言っているのである。
「ピット離れで出ればインコース。出なければ2コース。まあ、優勝戦なんで、出切るのは難しいかもしれないですけどね」
 これは、2号艇を想定したコメントなのである。11Rで今垣光太郎が勝って、自分は黒いカポックと決めつけていたのだと思われる。そこに転がり込んできたポールポジション。ラッキーという思いとプレッシャーと。複雑な表情になって当然なのだ。これをもって、石野は明日、重圧に震えるなどと決めつけないほうがいいだろう。
 何しろ、2号艇だったとしたって、「インコース」を口にするクソ度胸のある男なのだから。

11R 福井支部の渋面、そして笑顔

2010_0718_0356  濱野谷の苦笑いどころではなかった。本当に優出を決めた選手か、と思うほどに、今垣光太郎は顔をしかめていた。
「優出決めたからまだよかったですよ。もし優出できてなかったら、最悪だった」
 共同会見を終え、JLCのインタビューに向かいながら、今垣はやるせなさそうに言った。
 インを奪われ、まくったはいいが差され。後悔ばかりが残る準優だったのは間違いない。
 もちろん、切り替えてもいるようではある。「4コースは、インの次にチャンスがあると思ってます」という今垣は、明日は思い切ってペラを伸び型に叩くつもりのようだ。個人的には、昨年のグラチャンVも予選1位→優勝戦4号艇だったからなあ、とそこにチャンスを見出すのであるが、今日の今垣にはとてもそんなことを話しかけることはできなかった。
 それにしても、萩原秀人の勢いといったらどうだ。出場SG3連続優出。今、艇界でもっとも乗りに乗る男だろう。しかも一戦ごとに優勝戦の枠順も内になっていっているのだから、このまま戴冠を果たしてもまったく不思議ではない。
2010_0718_0066  その萩原といえば、会見などでは実に朴訥。言葉少なく、愛想もない。ところが、実は我らが中尾カメラマンとは大の仲良しで、二人で話しているところを眺めていると、萩原ってこんなに笑うの?なんて思ったりもしてしまうのである。(→このカメラ目線&笑顔!)
 で、会見。3連続優出だが、と問われて、萩原は一言だけ言った。
「よくできました」
 誰もが頭の中に、宿題などに先生が押してくれるあのハンコを思い浮かべたと思う。その間が2秒ほど。そして、クスクスクス。報道陣から笑いが起きた。萩原自身もあのハンコが思い出されたのかどうか。報道陣の笑いに続いて、ニッコリと笑った。中尾カメラマンと話している時の笑顔が出た。
 優勝したら、どんな笑顔を見せるかなー。ものすごく見たくなってきた。
_u4w5688  最後に、菊地孝平がスリット写真を覗き込んで放った一言を。
「持ち味発揮ということで、許してくださーい!」
 その言葉の前には、「ヒョォ~~~っ!」という裏声の叫びもあがっている。スタートタイミング、コンマ02。持ち味発揮どころではない。「これを全速で行けないとな~(放ったらしい)」とも語っていたが、自分の仕事をまっとうすること自体が、真に大事なことだろう。それを菊地孝平は果たした。本物のプロフェッショナルである。(PHOTO/中尾茂幸=湯川、松井、辻、石野、今垣、萩原 池上一摩=濱野谷、毒島、菊地 TEXT/黒須田)


| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
コメント
コメントを書く




※メールアドレスは外部には公開されません