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この特集では田中工業「黒須田守」をはじめとした5名のライターから競艇にまつわるさまざまなレポートをお届けします。
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THEピット――ともかく……おめでとう!

2010_0929_0645 「チルト3はやめました。9Rまで調整を続けたんですけど、伸びて半艇身くらい。諦めて、元に戻したました。あぁ……本当はそれでもチルト3で行きたい気持ちもあるんですけどねぇ……」
 展示ピットにボートを係留し、装着場に上がってきた吉田俊彦が顔をゆがめた。9Rということは午後3時頃。つまりほぼ1日、吉田は6コースから優勝するために必死で模索を続けたのだった。しかし、秘策が実を結ばないであろうことがハッキリしたとき、吉田は、昨日までのセッティングに戻した。無念の思いを抱えつつ……。
 しかし、優勝をもぎ獲りに行ったことは、無駄ではなかった。「まあ、3着に入れば上出来でしょうね」と冗談めかしていた吉田は、きっちりと差して一つ上の2着を手に入れた。優勝しか考えていなかった男に、準優勝は何の救いにもなっていないかもしれないが、しかし強い思いを胸になすべきことをした男を、ボートレースの神様は決して見放さないのである。

2010_0929_0562  地元勢の悔しがり方は、ハンパではなかった。カポック脱ぎ場でちょうど3人きりになった服部幸男と佐々木康幸と坪井康晴。服部は黙々とヘルメットの水分をぬぐい取り、佐々木と坪井は顔をしかめながらレースを振り返っていた。
「お前ら出てるから、必死だったよ!」
 突如、服部が口を開く。2周目以降、3人は3着争いを演じていた。不本意な位置での競り合い。とはいえ、それ以上、着を落とすわけにもいかない。結局、服部が捌き切って3着になるのだが、機力では上を行かれた後輩たちに対するねぎらいが、その言葉だったのだと思う。
 その後、モーター返納のため整備室に向かった服部は、整備テーブルに左手つき、少し身体を斜めにし、足を交差させて、右斜め上を見つめていた。そこにはモニターがあり、リプレイを見ているのだろう……と思ったら、違った。モニターが映し出していたのは、表彰式が始まる前の関係者の方たちの紹介の様子。ということはつまり、服部の目は実際にはモニターを捉えてはいない。それから、服部はそのポーズのまま、しばし微動だにしなかった。まるで彫像のように身動きせず、表情ひとつ変えることもなく、その場に立ち尽くしていたのである。
 佐々木のモーター返納を手伝っていた菊地孝平が、「もし(あの展開で飯山以外に優勝があるなら)服部さんだと思った」と声をかけた。あぁ、と声にならない返答を返す服部。
「差すところ、迷ったでしょ」
「ああ、迷った」
 服部は即答した。1マーク、たしかに服部にとっては絶好の展開にも見えた。しかし、なのか、だからこそ、なのか、ともかく服部に生じた一瞬の迷い。立ち尽くしていた服部の脳裏には、あのシーンが何度も何度も巻き戻され、何度も何度も再生されていたのかもしれない。
2010_0929_0826  モーター返納の間、坪井は淡々としていたように見えた。ほとんど誰とも口を利いていなかったけれども、表情は淡々、だ。だが、本当は、誰とも口を利いていなかった、ということのほうが大事なのかもしれない。
2010_0929_0499  佐々木は、菊地とレースを、またモーターの手応えを語り合い続けた。表情は穏やかで、微笑さえ浮かんでいる。その様子だけ見ると、ある程度は納得のいく優勝戦だった、と捉えられなくもなかった。だがその直後、大賀広幸に声をかけられると、佐々木の顔は苦笑まじりではあったけれども、思い切りゆがんだ。1コースと2コース、あの展開に思うところは大きいはずだ。そういえば、佐々木は覇者とは同期であり、レース直後は祝福し、握手も交わしていた。それももちろん本音であろう。ただ、それは“佐々木康幸”の本音。“勝負師・佐々木康幸”と冠をつければ、本音は大賀に見せた表情のほうにある、というべきだと思う。
2010_0929_0550  その大賀は、モーター返納を手伝っていた寺田祥と語り合いながら、微笑を浮かべ続けていた。ただし、明らかに悔恨の混じった微笑である。混じった、ではないか。悔恨が表に出るのを無理やり押さえつけるための微笑、かもしれない。最後のプロペラ検査に向かった大賀とニアミスしたのだが、間近で見ると眉間には小さなシワが寄っていたのだ。遠目には微笑としか見えない表情には、実はかすかに悔恨の証拠があったのである。超抜パワーの1号艇。そして大敗。微笑しか表情に浮かばないなんてことは、どれだけ大人であっても、ありえないことだ。

2010_0929_0436  勝者だ。まずは私情をぶちまけますね。飯山泰、感動した! 最高! 長野県バンザーーーーーイ! 同郷人がGⅠを制するシーンをナマで見られて、チョーうれしいっ! ハッキリ言って、ピットで相当取り乱してましたね、ワタシ。たまたま周囲には人影がなかったのが幸い。モニター見ながら、子供のようにジタバタしてました、はい。飯山にはこれが初の記念制覇ではないけれども、でも目の前で見られたんだもんなー。いやー、感動したっ! やったーっ!
 レース前は、カタくなっている様子はなく、しかし気合を感じさせる視線の強さがあった。メンタルは相当に出来上がっていたと思う。展示から戻ってきた際にも、ヘルメット越しに一点を見つめる真っ直ぐな瞳が見えて、大仕事の予感はおおいにさせていたわけである。
2010_0929_0810  一方、レース後、陸に上がった瞬間の飯山は、笑顔ではなかった。即座に服部のもとに向かって、「すみません」。スタート展示で3コースに動いた服部を、飯山は本番では入れなかった。そのことに対する、「すみません」であろう。もちろん、そんなことを服部は気にしていない。右手をひょいっと上げて「気にするな」という意志表示を見せたとき、飯山はそれが笑顔のお許しだったかのように、ニッコリと笑った。菊地が、佐々木が、飯山を祝福する。もちろん、福島勇樹や角谷健吾も、嬉しそうに飯山を称える。すぐに表彰式に向かわねばならないため、飯山は職員さんに促されて急いでカポックを脱ぎ出し、そこで笑顔はいったんは消えたのだけれど、レスキューに向かう背中は本当にうれしく大きく見えたものだ。
2010_0929_0855 で、表彰式が終わり、記者会見が開かれ、それも終わって僕は入口で飯山を待った。目が合う。お互い笑顔になる。飯山が右手を差し出す。おめでとうございますっ! あぁ、至福のシェイクハンド……って、私情しか書いていないじゃないか。すみません。
「これで来年の総理杯とオーシャンの権利が獲れた。来年もSGに出られることが嬉しいですね」
 そう、浜名湖賞優勝は、今日、このときで完結ではない。ドラマは次につながっていくのだ。ここでタイトルを手にしたことで、次なる戦いのドラマの伏線ができあがったのである。
 それは飯山だけではない。敗れた5者もまた、この悔しさを別の舞台で晴らすべく、新たな物語を歩み出している。浜名湖賞は幕を閉じたが、浜名湖賞で僕らが見たものは先々へと続いていくのである。
 ……と、取ってつけたような締めになっちゃいましたな。飯山泰、おめでとう! 結局はそれに尽きるんです、はい。(PHOTO/中尾茂幸 TEXT/黒須田)


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