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この特集では田中工業「黒須田守」をはじめとした5名のライターから競艇にまつわるさまざまなレポートをお届けします。
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THEピット――友がいるから

2010_1011_0562_2  たぶん、松井繁だって緊張しているのだ。SGを何度制したとしても、SGの優勝戦に何度乗ったとしても、この大一番の前に胸の鼓動が高まらないはずがない。松井だって、瓜生だって、魚谷だって緊張している。そうしたなかで見られた笑顔というものは、やはり特別な意味を持っているように思えたものだ。
 瓜生正義が須藤博倫と談笑している。不思議な組み合わせではあるが、ともに最高の人柄をもつ好漢たちなだけに、自然と笑顔が交わされるわけだ。瓜生は何度か舌をペロリと出したりもしていて、そのいたずらっ子のような表情に須藤もさらに笑顔を返す。笑顔のラリーは、見ているこちらをも自然と笑顔にするものだった。
 松井繁は、江口晃生に声をかけられて、ほろっと笑みをこぼした。江口とすれ違うまでは、王者らしい強烈なオーラを発しながら、険しい表情を見せていたのだが、江口がさらりと言葉を向けたことで、松井は一瞬だけ肩の力を抜いたようだった。一言二言、松井は言葉を返して、そのまま江口と別れる。その瞬間が勝負を左右するなんてことは少しも思わないけれども、松井に笑顔が生まれたのは間違いのないことだったのだ。

2010_1011_0496_2  一人きりで緊張と戦っていたのは、森高一真だ。休憩室のモニターで、昼間に行なわれた優出インタビューのVTRを見ている姿があって、しかし自分の映像を見てもまったく微動だにしなかった。休憩室には、すでにレースを終えて待機している選手が数人いたが(沖島広和など。瓜生の優勝戦を待っているのだろう)、彼らもモニターに映し出されている本人がそこにいることを気遣ってか、やはりサラリと流している。周囲に人影はあっても、森高は一人の世界に没入している。そうした緊張感との戦いも当然ある。
2010_1011_0582  一人の世界、といえば、魚谷智之はそれを貫いていたと言っていいだろう。展示ピットに艇を移動したのは一番乗りで、係留したあとはモーターなどの点検もせずに控室へと消えている。展示のあとも、他の5選手が点検のためピットに残っているのを尻目に、さっさと待機室へと消えているのだ。まるで、他者との関わりを避けるかのように、魚谷は他の選手とは違う行動をとっていた。そのとき魚谷は、間違いなく、世界の中でたった一人になっていたと思う。
 レース後だ。ここでも魚谷は己の行動を貫いた。モーター返納を真っ先に終えて、誰よりも早く整備室を後にしたのだ。シンガリとなった寺田祥と森高とは10分ほども時間差があったのではないか。悔しさを目いっぱいにじませた笑顔を浮かべながら、数十人も残っている選手たちに挨拶をして去っていく魚谷。まったくもって後付けなのだが、その一連の行動はこの一戦(一節)に懸ける魚谷の思いの大きさを表現していたように思う。

2010_1011_0483  優勝は、瓜生正義! 不振にあえいだ今年、しかし一気に巻き返してみせたのだから、さすがとしか言いようがない。ピットに戻ってきた瓜生は、わりと淡々としていたように見えたが、「優勝するしかない」と心に決めて桐生入りし、本当に優勝したのだから、感慨は深かっただろう。
 瓜生以上に、岡崎恭裕が喜んでいたのも印象的だったな。瓜生と一緒に参戦したSGでは、まるで甘えるように瓜生のそばに寄り添う岡崎を何度も見てきた。実際、岡崎にとっては大きな心の支えになっているようで、3カ月ほど前にインタビューしたときにも何度も瓜生の名前を口にしていたほどだった。3周目に突入すると、たまらずボートリフトに出てきて、最前列で出迎えた岡崎。ま、なぜか森高が先に帰ってきてしまったので、まるで森高を祝福しているふうになっていたのは、ちょっとおかしかったけど。
 そんな岡崎や、今村暢孝、沖島らの拍手に、瓜生は満面の笑顔を返す。レース前に須藤と交わしていた笑顔とは、やっぱりちょっと違った雰囲気だった。もちろん、当然のことである。
 そんな瓜生の背中を、松井がポンと叩いた。それもけっこう強く。「おめでと!」。自分が敗れたあとだが、松井はなぜか嬉しそうにも見えていて、僕は正直、不思議に思った。
 モーター返納作業の際に、服部幸男が声をかけている。「一瞬、突き刺さったと思ったよ。お前が勝ったと思った」。盟友の言葉に、松井はにんまりと笑った。「俺も行った!と思ったわ」。そうした服部とのやりとりを見たからか、これまでのSG優勝戦の敗戦後とは、どこか違う雰囲気にも思えた。もちろん納得などしているはずがないが、友の存在はやはり松井にとっても大きいということだろうか。
2010_1011_00772010_1011_0678  寺田祥と今村豊。今坂勝広と服部。寺田と今坂にとっては「友」などとは言えない人たちだが、その大先輩がやはり後輩に笑顔を取り戻させているようなシーンもあった。モーター返納作業をしかめ面でしている寺田に、今村が声をかけると、4割くらいは苦笑だけれども6割はホッとしたような笑みが浮かぶ。放心しているような様子で立ち尽くす今坂が、服部が他選手と交わしている会話に思わず笑ってしまう。それでも悔恨は決して消えることはないが、ダメージからはかなり回復したはずである。
2010_1011_0532_2  では、森高の悔いを癒そうとしたのは誰だったのかといえば、松井であった。松井は地区の違うこの後輩をかわいがっており、優出自体を喜んでいたのかもしれない。準優勝という結果を出した森高に、松井は満足そうな笑顔で近寄り、「よっ、おつかれさん!」と肩を叩く。森高は、ひきつってはいたけれども、安心感がたたえられた笑顔を見せ、松井に対して深々と頭を下げた。王者に認められたことを実感したはずのそのやり取りは、森高の心を少しは軽くしたはずだと思う。
2010_1011_0512  個人的なことを最後に少しだけ記すなら、森高の準Vは本当に残念だった。SG初優出で2着、よくやったという思いはあるけれども、そんなことにひとつも満足を見出さない男である以上、こちらも悔しい。「2着じゃしょうがない……って、なんかこればっかやな」、二人になったときに森高はそう言ったが、たしかにそんな話は何度かもしてきた。
「だったら、次は感動させてほしい」
「おぉ。勝って、な」
 森高はニコリと笑って、ありがとっ!とか言いつつ控室へと消えた。少しは森高を癒すことができたのだろうか……。(PHOTO/中尾茂幸 TEXT/黒須田)


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コメント

う〜ん

なかなか見応えのある優勝戦でしたねぇ

1周1マークは凄かった

『松井さん、そこ行きますか』ってカンジでそちらに目を奪われてるうちに、いつのまにか瓜生さんが差しちゃってて…

それにしてもピットでの選手達のやり取りがとっても素敵ですね

特に松井さんと服部サマ!
まるでその場にいるかの様に光景が目に浮かびます( ̄▽ ̄)

こういう私達が目にする事の出来ない選手の姿、これからもどんどん伝えてくださいね(o^-')b

投稿者: 月ちゃん (2010/10/11 23:32:16)
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