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この特集では田中工業「黒須田守」をはじめとした5名のライターから競艇にまつわるさまざまなレポートをお届けします。
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THEピット――笑顔と涙と悔恨と

2010_1207_0584  朝は柔らかな表情を見せていた重野哲之が、レースが近づくにつれ、険しい顔を見せるようになっていった。昨日の朝にも見た、憤怒にも似た、恐ろしいまでの表情。これこそが戦士の顔であり、大一番の前に腑抜けた顔など見せるはずもないのだが、僕はなんとなく心配になっていたのだった。午前中のピット記事にも少し書いたように、重野が緊張感に凝り固まっているようにも思えたからだ。思いが大きければ大きいほど、それはあたかも手枷と化して、人を苦しめる。重野の表情、あるいは朝との表情の変化は、そうした懸念をこちらに与えるものだったのである。
 それが決定的だったとは思わない。重野は重野で己と戦い、それに打ち勝っただろう。だが、印象的なシーンであったことはたしかだ。
2010_1207_0386  菊地孝平が、レース前の重野の肩をそっと抱いたのだ。すでに重野は白いカポックを身にまとっていた。その肩を、菊地は笑顔で抱いた。重野の顔にピュアな笑顔が生まれる。そう、重野の素の顔とは、童顔とも言える純粋な笑顔だ。菊地は、勝負が目前に迫った段階で突如ピットにあらわれ、それを引き出したのだった。菊地は最後に重野の背中をポンと叩く。静寂に包まれ始めたピットに、その音は大きく優しく響いた。それはきっと、重野の心の奥の奥にも優しい残響を伝えたはずだった。

 レース後、表彰式に急ぐ重野の上気した表情とは対照的に、5名の敗者はそれぞれに悔しさをあらわにしていた。
2010_1207_0501  強く胸を打たれたのは、やはり服部幸男だ。真水で洗浄されるモーターを待つ間、服部は腰に手を当て、地面の一点を見据えたまま、ピクリとも動かない。モーターが手元に戻り、それを確認して顔を上げた瞬間、歯を食いしばるような表情となって、瞳に怒りをたぎらせた。「クソッ!」。声には出していないけれども、心がそう吐き出していたのは間違いない。後輩たちがヘルプしながら、モーター返納のためにあちこちのボルトが外されていく。それに加わりながらも服部は、時に行動が極度が緩やかになっていた。それはおそらく、思考がつい先ほどのレースの場面に飛んでいっていた瞬間。いつまでもいつまでも、その敗戦から逃れられない、いや、逃れようとしていないかのようにも見えた。
 佐々木康幸が歩み寄って、服部はようやく口を開き始める。工具の動くカチャカチャという音ではっきり聞き取れないが、佐々木がレースの場面を口にし、それに対して何らかの確認をしている様子。ひとつ言葉に出しては、黙り込んで唇をかみしめる。ふたつ言葉にしては、頬を歪ませる。敗戦への悔恨は服部の脳裏に巨木の根のように張り付いて離れないようだった。
 負けて笑う者もいる。ただただ首をかしげる者もいる。だが、服部は溜め息をつきつつも、敗戦を受け止め、じっと耐える。そこから発散されるものは、色気としか表現できないものだ。強い男は負けて艶をにじませる。それができる者を、カリスマというのである。
2010_1207_0426  今坂勝広が、まるでボクシング世界タイトル戦をフルラウンド戦ったあとのように、息を荒くしているのも印象的だった。最後まで前を追いかけ続けた今坂は、全身全霊の走りを3周の間、維持し続けたのだ。勝っていれば、それは興奮の呼吸となる。しかし負ければ、疲れは何倍にも何十倍にもなって、今坂の体と心を襲う。遠目で見たものなので、断言はできないが、開いた口からのぞく歯には血がにじんでいたように見えた。まさに熱戦。まさに激戦。モーター返納作業にかかりながら、なかなか息が整わなかった今坂の100%のパフォーマンスには、敬意を表するしかない。
2010_1207_0284  坪井康晴は、モーター返納作業の間じゅう、納得のいかない表情を見せていた。坪井といえば、常に心の波を感じさせない淡々とした様子=平常心を感じさせる男だが、一見すればそうした坪井と変わりはない。だが、やはりどこかが違う。先ほど触れた、佐々木が服部に歩み寄った瞬間。坪井はその背後から、二人の会話に加わっていっている。話さずにはおれなかったのだろう。人は心にわだかまりを抱えたとき、それを吐き出したくなることがあるものだ。坪井はそうしたかたちで悔しがっていたわけである。
2010_1207_0189  唯一の愛知勢であった天野晶夫は、かれら静岡勢とは少しばかり様子が違った。というのも、愛知勢全員が天野を取り囲んでいたからだ。管理解除になってすでに帰郷していた選手も少なくなかったが、優勝戦まで残った愛知支部の選手たちは当然、全員が天野を出迎え、返納作業を手伝う。5名(というか敗者の4名)の静岡勢には、静岡支部が分散するのに対して、天野は同僚のねぎらいを一身に受ける立場だったのだ。だからだろう、返納しながらも天野の顔には笑みも浮かんでいた。たしかにたった一人の愛知支部として優勝戦を戦った天野だったが、実はたった一人などではなく、愛知の仲間が総出で背中を押していたことを改めて実感したことだろう。
2010_1207_0168 「あーっ、惜しいっ!」
 レース直後、エンジン吊りに出てきた選手のなかで、ただ一人、感情を声に出していたのは、西川新太郎だった。彼もまた天野を応援する一人だったが、その「惜しいっ!」は別の人間に対してだった。同期の笠原亮に対して、である。西川は、天野を出迎えながらも、時間を見計らって笠原のもとにも駆け寄っている。たしかに、惜しかった! 差しが届いたようにも見えた。同期のナイスファイトに、西川もエキサイトしたのだろう。
2010_1207_0205  笠原自身、あと一歩で栄冠を逃したことに対して、顔を思い切りくしゃくしゃにして、悔しがっていた。モーター返納を終えたあとも、背中から「あぁ、惜しかった!」と声をかけて、顔をしかめてみせたりもした。いやはや、本当に惜しかった……とこちらも無念を伝えるのだが、もちろんいちばん悔しいのは笠原である。こちらの言葉を振り切るように控室へと駆けていった背中には、どうにもやるせなく、またふっ切ることのできない思いが貼り付いているように思えた。いちばん近くまで名誉に近づき、そしてつかめなかった者こそがもっとも悔しいのは、当然である。

2010_1207_0897  敗者たちがモーター返納のために行動を急ぐレース直後のピットで、ただ一人、違う動きをしていたのは、もちろん重野哲之である。急いでカポックを脱いで、着替える。表彰式に向かうためである。
 そんな重野に、最初に祝福の声をかけたのは、菊地孝平だった。がっちり握手をして、重野の勝利を称える。ピットに戻ってきた時点でもう笑顔があふれていた重野の顔が、もっともっと深く笑みをたたえた。
 笑顔笑顔のGⅠ初優勝!
2010_1207_0946 表彰式に駆けつけて、驚いた。すでに勝利者インタビューが中盤を過ぎていたのだが、ステージ上で重野が泣いていたのである。ほんの数分から10数分前の重野は、ただただ笑っていたはずではなかったか。菊地と笑顔を交わしていたのではなかったか。菊地が時限スイッチを入れて、それがステージで炸裂した……などというのはあまりに穿ちすぎで的外れだが、ともかく僕は重野の涙にただただ驚いたのだった。
「ある人にこういうことは言うなと言われたんですが、今日だけは言わせてください。片山さん、ありがとうございました!」
 師匠・片山友多加への思いを口にして、重野はまた号泣した。層の厚い静岡支部において、重野は決して本流の活躍をしてきたわけではない。どうしても服部や三羽烏らに注目が集まるなか、それでも重野は「賞金王」という壮大な目標を掲げ、自身の力を信じて、片山とともに努力を続けてきたのだろう。その思いがついに結実した今日、片山への感謝を口にするのは自然なことである。重野はこの優勝戦できっと、師匠の思いをも背負って戦ったはずだからだ。
 そして! 表彰式からピットに戻ると、当然アレです! GⅠ初優勝ですから!
2010_1207_0731  おめでとう、水神祭!
 静岡支部総出の光景を見て、なんともまあ壮観だなあ……などと呑気に思いながら、探してしまうのは片山師匠の存在。ま、残念ながら駆けつけてはおらず、そんなにうまいことドラマが転がっているわけはないのではあるが、同門の後輩・加藤翔は重野の出迎えに来ており、大先輩たちに呼び込まれて、水神祭に参加していた。
2010_1207_0748  それにしても、やっぱり壮観な静岡支部総出の水神祭。参加人員が多すぎて、重野を担ぐのに参加できない選手も大勢出ていた。そうしたなか、夕暮れの水面に激しく投げ込まれた重野。水しぶきがドバッシャーン!と跳ね上がって、あらら、下で撮影していた中尾カメラマンも頭から水をかぶっちゃった。おめでとう、中尾! 奥さん、元気な子を産んでください! と勝手にこちらも水神祭のおこぼれいただきました!……すみません、私事でした。で、重野に続いて落とされたのは、あらららぁ、加藤翔! 迎えに来て、ずぶ濡れにさせられたなんて災難だ……って、陸にはい上がった加藤はなぜか裸足でした。最初から飛び込む気マンマンだったのね。
2010_1207_0756  と、感動の涙から一気に爆笑の渦となった浜名湖ピット。ガハハと笑いながら僕は、なぜか静岡支部の強さのヒミツを勝手に見つけたような気になっていたのであった。(PHOTO/中尾茂幸 TEXT/黒須田)


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コメント

あ〜

静岡勢総出の水神祭

素敵だわぁ

私も投げられた〜いo(><)o

服部サマ…残念

今年はG1獲ってないから今回は獲って欲しかったな

でも辛さからも悔しさからも逃げない服部サマ…
やっぱり素敵(* ̄▽ ̄*)

男の色気…近くで感じたい

ああ、黒須田へんしゅーちょーになりたい……いや前言撤回!

こうなったら賞金王シリーズで頑張ってもらうしかないわ

服部サマ〜っ!今年最後の大一番、ガンバよ〜っっ!!

投稿者: 月ちゃん (2010/12/07 21:35:12)
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