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この特集では田中工業「黒須田守」をはじめとした5名のライターから競艇にまつわるさまざまなレポートをお届けします。
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THEピット――準優乗れるか勝負駆け

2011_0422_0686 予選最終日が終わり、閑散とし始める11R~12Rの時間帯。SGなどでは、ペラ室にも整備室にも、残念ながら予選を突破できなかった選手の姿が多く見られたりする。残り2日間をあきらめずに戦うべく、本体を思い切って整備したり、ペラをとことんまで仕上げようとしたりするわけだ。実際、今日もペラ室で最後まで作業をしていたのは、西田靖、北岡淳。勝負駆けを成功させた山口哲治もいたけれども、中心となっていたのはやはり、予選落ちの憂さを何とか晴らしてやろうと執念を燃やす面々であった。まあ、西田はほんのわずかに滑り込みの可能性が残されてはいたのだが。
2011_0422_0570  ところが、整備室には不思議な光景があった。懸命な整備をしていたのは、田上晋六だったのだ。結果的に準優1号艇、その時点ででも2号艇より内になるのは確実だった田上である。モーターは噴いている。伸びは節イチクラスといってもいいくらいだろう。にもかかわらず、田上は整備をしているのだ。これには驚くしかなかった。
 なぜいま整備を? そう話しかけたかったが、そんなスキは少しもなかった。その手際というか、動きが、これまでに見たことがないほどにスピーディーだったのだ。たしかに、もはや整備ができる時間はかなり少なくなってきている。しかも田上には新兵の仕事がある。しっかり整備を終わらせ、しかも雑用を完璧にこなすためには、1秒もムダな時間はあってはならなかっただろう。
 田上が整備していたのは、キャブレターとリードバルブ。特にキャブレターをバラし、組み直すときのスピードといったら。ドライバーをものすごい勢いでくるくると回し、テキパキテキパキとモーターを組み上げていく。本当は「予選上位なのに整備?」という疑問を抱いていたはずなのに、いつの間にかそのキビキビとした動きに見とれてしまっていたのだった。

 田上は準優好枠が保証されていたわけだが、ボーダー付近の選手たちはおおいに心揺れる終盤戦だったのではないだろうか。中盤戦くらいまではボーダーが高く、一時は6・33なんていいうタイミングもあったのに、11Rを迎える頃には6点を割っていて、しかも場合によっては5・83という数字で5~6人が並ぶ可能性がある状況になっていたのだ。5・83勢の上位着順を数え、タイム差まで調べているうちに頭が痛くなったほどだ。
2011_0422_0384  選手たちは、自分の得点率はわかっていても、他の選手との相対的な関係を把握しているわけではないから、6・00や6・33の選手までもがヒヤヒヤしながら推移を見守っていた。6・33だった亀本勇樹など、JLCの準優インタビューを申し込まれながら、「もし準優に乗れてなかったら……怒鳴り込みますよ!」なんて言って、受けるのを渋っていたほどだった。もちろんジョークで、今村豊に「カメちゃん、いいから受けなさいって。準優出るのを期待されてるってことだから、そのほうがいいでしょ」と背中を押されたりもしていたのだが。いやいや、その時点では6・33ならもう当確なんですって!
2011_0422_0087  11R、大敗を喫した日高逸子は、得点率6・00。これは、日高にとってまったく安心できる数字ではなかったようだ。やはり一時的にボーダーが上がっていることを聞いていたのだろう。勝負駆けに失敗したかも……なんて思いもあったようである。
 日高が着替えている間に、日高のボートには緑色のカウリングが装着された。準優用のカラーカウリングである。モーター格納のためにピットに戻って来た日高はそれを見て、「ウソッ! 絶対?」と独り言で叫んだ。たまたまボートのそばにいたこちらに、日高は顔をほころばせて問いかける。「私、乗れるんですね。これがついてるってことは」。そうです、11Rを終えて、6・00は完全に当確になっていた。日高はそれを知らず、カウリングが替えられたことでそうと察したのである。
2011_0422_0679  でも日高さん、じつはまだ6号艇が確実になったわけじゃないんです。12Rで大量に勝負駆け失敗が出たりすれば、黄色の可能性がある。そう告げると、日高は「そうですよね~」と言いつつ、そんなことはもはやどうでもいいようにニコニコと笑っていた。とにかく予選突破が嬉しい! そこにあらわれた山口博司に、「私、乗れちゃった!」と思わず声をかける日高。実は同じレースで山口は勝負駆けに失敗しているのだが……でも、日高の笑顔を見て、山口も嬉しそうに祝福していた。
 12R、吉本正昭がシンガリに敗れた。これで得点率は5・83。この数字となったのは1、2、3……5人! ここがボーダーになるのは確実だから、報道陣の多くは上位着順を計算し、18位は山崎昭生であると弾き出していた。
2011_0422_0971  山崎は11Rでやはりシンガリ負け。6点を割ったことで、すでに半分以上あきらめていたようである。モーター格納をする間も、淡々とした表情ながら、少しばかりの落胆が見て取れたし、12Rが終わった瞬間も自分が18位に浮上したことを認識していなかった。
 12Rのエンジン吊りを終えて、瀬尾達也とともに控室に戻ろうとしていた山﨑を、報道陣が取り囲む。瀬尾は何かを察したのか、静かにフェイドアウト。山﨑も報道陣が待ち構えていたことで事態を理解したのだろう。特に驚いた表情や「ラッキー!」みたいな顔も見せずに、静かに質問に答え始めるのだった。
2011_0422_0960  その頃、吉本はカポック着脱場で淡々と装備をほどいていた。勝負服やカポック、ケブラーなどを脱いで、上半身裸になって控室へと向かう。その顔には苦笑が浮かんでおり、大敗への思いはあるようだった。だが、まさかその敗戦が自らを次点に落としていたことは、おそらく理解していない。何しろ、山崎と吉本は、6走して1勝、2着2着1回、3着2回、4着と6着1回ずつという、まったく同じ着順をマークしているのだ。二人の運命を分けたのは最高タイム差。12Rの結果がまさかそんなにも残酷な状況を生んでいたとは、資料とにらめっこしている我々はわかっていても、当事者たちは知る由もない。吉本はその無念をどこで知るだろうか。そして、何を思うだろうか。(PHOTO/中尾茂幸 TEXT/黒須田)


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