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この特集では田中工業「黒須田守」をはじめとした5名のライターから競艇にまつわるさまざまなレポートをお届けします。
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THEピット――静

Cimg5612  いやはや、静かであった。11R前のこと。装着場から人影が消えたのだ。
 整備室には数人の選手がいて、ペラ室からはトンカンとペラを叩く音は聞こえてくるが、装着場には人っ子ひとり見かけられない。この状態が、10分ほども続いたのだからちょっと驚きであった。優勝戦前なら珍しくないけど、2日目にこんな状態になるなんて、これまであったかなあ……。
2011_0714_0662  暑いから、なのかどうかは微妙だ。11R前に温度計を見ると、28℃。気温はけっこう下がっている。ただし湿度は上昇していて、1R前に44%だったものが10R前に50%、11R前は56%になっていて、11R終了後に見たら58%になっていた。気温が下がり、湿度が上がるのが、夜の蒲郡の鉄則。このムシムシ感は厄介なんだよなあ。もちろん、なすべき仕事があればそんなの関係ない、というのが選手たちであるから、ムシムシを嫌って装着場にはやって来ない、というわけでもなさそうではある。おっと、そんなことを言っていたら、11R発走直前に、魚谷智之が自分のボートにとことこと歩いていく姿があった。

2011_0714_0474  10R前あたりは、けっこう賑やかだったのだ。まだ試運転を続けている選手もいて、九州イケメン三銃士は昨日と同様、仲良さげにモーター架台の準備などをしている。11Rと12Rを走る選手たちの往来も多く、山口剛が闘志を胸の奥に秘めたような静かなたたずまいで、何度もペラ室と係留所を往復していたのが印象に残っている。
2011_0714_0082  10R終了後も、エンジン吊りがあるから、もちろん装着場は大賑わいだ。1号艇だった魚谷智之のエンジン吊りをしていた湯川浩司は、艇番と艇旗を外し、置き場に向かう途中で井口佳典と顔を合わせた。そして、井口にさりげなく、無言で手渡す。井口は池田浩二のエンジン吊りでやはり艇番艇旗を外して持っており、気づけば白と青の2種類を手にしているのであった。2011_0714_0438  「お、お前っ!」と井口が怒鳴ると、湯川はふふふんと微笑んで、井口を無視して整備室へ。「ちょっ、お前っ!」と井口はさらに湯川を追及するが、知らんもんねーと湯川。まったくもう、と艇番艇旗を片付ける井口の顔には、ちっくしょー、やられちまった、という笑顔がはじけていた。九州イケメン三銃士に負けず劣らず、銀河系軍団は仲がいいですなあ。
2011_0714_0760  その10Rのエンジン吊りで、こんなシーンもあった。松井繁は10R前、全力疾走でペラ室に駆け込んでいる。その直前には試運転を繰り返していて、その感触がペラを叩く必要のあるものだったのであろう。その調整が終わったのは、ちょうど10Rが終わったころ。松井はレースも見ずにペラを叩き続けていたのだ。そして、エンジン吊りに向かう選手の人波の中で、出走表を確認する。近畿地区は魚谷と今垣光太郎が出走している。松井はそこで悩んだ。エンジン吊りには出るべきだろうが、それをしていたらペラを装着して、試運転に出る時間がなくなる。どうするべきか……「あぁ、出てるけど、ここは堪忍してもらおっ!」と叫んだ松井は、係留所へと走った。近畿の仲間に頭を下げて、自分の調整を優先したのである。
 もちろん、松井だから許される。九州イケメン三銃士がやったら、めちゃ怒られるだろう。だからこそ僕は、そこに王者が積み上げてきたものと、飽くなき勝利への追求心と、その両方の凄さを見たのであった。昨今の調子の悪さをいろいろ言う人もいるだろうが、この人はやっぱり王者である。

2011_0714_0006  そうか、松井が試運転を終えて、展示ピットにボートをつけたあたりからか、装着場から人の気配が消えたのは。
 出走合図のブザーが遠くから聞こえてきても、装着場はほぼ無人のまま。しかし空気はざわつき出して、それはペラ室にいた選手たちが整備室に民族大移動を始めるから。ペラ室にはモニターがなく、レースを観戦するためには整備室に行くしかないのだ。といっても、ペラ室の出入口と整備室の出入り口は隣接していて、二歩くらいで行き来できるんだけど。
 11R、赤岩善生が逃げ、2番手が吉川元浩、今坂勝広、大峯豊の大接戦。最後まで競り合いが続いて、選手たちはモニターに張り付いたままだ。隊形が決まってきた場合などは、3周1マークあたりからリフトに移動する選手が増えるんだけど。
 整備室に隣接する検査室のモニターでレースを観戦していた僕は、吉川が二番手を取り切ったのを確認して、リフトのほうに視線を移した。そのとき、ペラ室に選手が一人残っていて、ペラと向き合っているのが視界に入った。
2011_0714_0420  服部幸男だった。服部もまた、レースを見る時間を惜しんで、ペラ調整を続けていたのだ。レースはリプレイで見ることができる。しかし、ペラは今しか叩けない。そういうことだろうか。
 きっと、僕が目撃していないだけで、レース中も必死にペラ調整に集中している選手は他にもいるだろう。だが、短時間のうちに目撃したのが、松井と服部、至高のライバル二人だったことには、何か意味があるのでは、と思いたくなったのだ。
 エンジン吊りが終わり、服部はペラ室に戻っていく。水面では、松井ら12Rのメンバーが展示を終えていた。そしてまた、静寂を取り戻す装着場。不思議な感覚になった僕は、静かな装着場の余韻を抱えつつ、12Rを見ることなく記者席に戻ったのだった。記者席に着いたら、ちょうど松井が先マイしたところだった。(PHOTO/中尾茂幸 TEXTと装着場PHOTO/黒須田)


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